理不尽…医師が語る小児の「健康格差」
- 作成:2021/08/10
週刊モーニングで連載され、ドラマにもなった『コウノドリ』は産科医療の現場を描いた物語です。現場の医師から見てもリアルに作られていると評判ですが、実際の現場はどうなのでしょうか。 『コウノドリ』の一部医療監修を務め、新生児科の医長としてNICU(新生児集中治療室)で診療に携わる今西洋介先生に、「新生児科のリアル」を語っていただく第二弾です。
この記事の目安時間は3分です
こんにちは。医師13年目の新生児科医の今西洋介です。現在、助産師の妻と娘3人と暮らし、西日本有数のこども病院である大阪母子医療センター新生児科の医長として、NICU(新生児集中治療室)で日々赤ちゃん達を診療しています。
2013年からは、週刊モーニングで連載された『コウノドリ』で、一部医療監修もしていました。
この連載では、実際にNICUの最前線で何が起きているか、働く人間は何を思って毎日の診療にあたっているかといった「新生児科のリアル」を、さらに深く伝えていきたいと思っています。
周産期医療者とは切っても切れない関係――「公衆衛生」
昔から子どもは社会を映す鏡だとよく言われます。
インド独立の父と言われるガンジー(1869-1948)はこういう言葉を残しています。
「子どもは真実を映し出す鏡である。彼らには驕りも、敵意も、偽善もない。もし思いやりに欠け、嘘つきで乱暴な子どもがいたなら、罪がその子にあるのではなく、両親や教師や社会にあるのだ」
ここまで言うと流石に極端ですが、子どもは生まれた環境に多少なりとも影響を受けるということは言えます。似たような分野として、日本ではこういう調査は昔から「小児保健」の分野として発展してきました。
小児保健は小児を取り巻く保健、医療、教育、福祉の向上を目的に、これらをさらに広く社会へ普及する活動を言います。まさに小児の公衆衛生と言えるでしょう。
実は、周産期医療者は公衆衛生と切っても切れない関係にあります。それは多くの父親、母親、子どもと接しており、社会的に脆弱な集団にも精通しているからです。
経済格差が赤ちゃんに及ぼす理不尽な影響
公衆衛生の分野では、経済格差が大きな問題として認識されています。ハーバード大学公衆衛生学のイチロー・カワチ教授も著書(#1)で「経済格差が広がるほど健康格差が広がる」と述べています。
2020年5月に起きたBlack Lives Matter問題の記憶も新しいですが、米国の人種や経済の格差は深刻です。周産期医療もその例外ではなく、さまざまな格差と周産期医療の研究は世界的に進んでいます。
黒人の乳児は白人の乳児より2倍以上死亡する割合が高いとの報告(#2)もありますし、早産で低出生体重児である可能性が高いとの報告(#3)もあります。米国のNICUではそういった拡大する格差に対処するために設計されたプログラムがあるにも関わらず、黒人の早産児はそれを超えた健康格差を経験し続けてしまいます(#4)。
生まれた後の環境というより、生まれた時点での環境が赤ちゃんに健康格差を生んでいるという、何とも理不尽なことが起きているのです。
私自身も臨床現場で、社会的または経済的に厳しい状態のまま出産を迎えてしまい、自分の手で育てるのが難しいという母親を実際に見てきました。
日本での経済調査は困難か?
ところで以前、子宮頸がんワクチンに関するリーフレットのアンケート調査を海外の公衆衛生の先生方と作成し、全国の小児科医へお願いをしました。その際、アンケートとは別に、あるベテラン小児科医の先生から一通の手紙を頂いたのですが、その手紙で、「世帯収入をアンケートで聞くのは失礼」とお叱りを受けたのです。
日本の小児医療における疫学調査は環境省が主導するアジア最大のコホート調査であるエコチル調査がありますし、エコチル調査は世帯収入を調査する欄がありますが、まだまだ日本では「各家庭に世帯収入を質問票で聞くのはプライベートなことで失礼」と言う風潮を薄々と感じています。
公衆衛生学において疫学調査は必要不可欠な調査です。日本でも経済格差が広がっており、今後、経済格差が日本の周産期に与える影響は無視できないはずです。世帯収入を含めたGlobalな視点での疫学調査はこれからもっと必要となるでしょう。
前回の記事はこちら
<参考文献>
#1. 命の格差は止められるか:ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業. イチロー・カワチ. 2013. 小学館
#2. Ely DM, Driscoll AK. Infant Mortality in the United States, 2018: Data From the Period Linked Birth/Infant Death File. Natl Vital Stat Rep, 2020; 69(7): 1–18.
#3. Martin JA, Hamilton BE, Osterman MJK, Driscoll AK. Births: Final data for 2018. Natl Vital Stat Rep. 2019; 68(13): 1–47.
#4. Harris LM, Forson-Dare Z, Gallagher PG: Critical disparities in perinatal health-understanding risks and changing the outcomes. J Perinatol, 2021: 41(2): 181-182
小児科医/新生児科医
日本小児科学会専門医、日本周産期新生児専門医
一般社団法人チャイルドリテラシー協会所属。日本小児科学会健やか親子21委員。大阪大学公衆衛生学博士課程在籍。講談社モーニング連載『コウノドリ』の漫画・ドラマの取材協力。m3(エムスリー)、Askdoctors、yahoo外部執筆者として公衆衛生学の視点から周産期医療の現状について発信。
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