MRSA感染症の原因、症状、治療、予防可能性
- 作成:2016/10/14
MRSA感染症とは、MRSAという菌の1種類が原因で起きる病気です。MRSAは、院内感染をおこしやすいことでも知られています。原因、症状、治療だけでなく、各種疑問を含めて、医師監修記事で、わかりやすく解説します。
この記事の目安時間は6分です
MRSAとは何?どんな菌?抗菌薬が効かない?なぜ生まれたと考えられている?
MRSAとは、「Methicillin‐Resistant Staphylococcus Aureus」の頭文字で、日本語では「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」といいます。
黄色ブドウ球菌は、顕微鏡で見ると、ブドウの房のように菌が集まっているように見えるためにつけられた名前です。黄色ブドウ球菌はどこにでもいる菌(常在菌)の1種です。誰でも、皮膚や髪の毛などについていて、おかしくない菌です。
黄色ブドウ球菌は弱毒菌に分類されており、普通の免疫力があれば菌に接しても感染症を発病することはありません。しかし、免疫力が低下するとMRSAは様々な感染症の原因になります。このように、免疫力が低下することにより、普通は害のないような病原体によって、感染症を発病してしまうことを「日和見感染(ひよりみかんせん)」といい、MRSA感染は日和見感染の1つです。
MRSAが原因で起きる病気は、大きく2つに分けられます。1つは化膿性感染、もう1つは毒素による食中毒や毒素性ショック症候群です。
黄色ブドウ球菌が起こす感染症は「肺炎」「菌血症」「伝染性膿痂疹(のうかしん、いわゆる『とびひ』)」など様々です。通常、細菌の治療には抗生剤が使用されます。ペニシリンは世界で初めて発見された抗生剤でペニシリンの発見により様々な感染症の患者が助かるようになりました。
しかし、ペニシリンを使用し続けた結果、ペニシリンが効かない黄色ブドウ球菌が出現しました。ペニシリンが効かないブドウ球菌に対して開発された薬がメチシリンです。メチシリンは、主に米国で使用され、日本ではほとんど使用されていません。
しかし、メチシリンも使っているうちに治療効果が得られない黄色ブドウ球菌が現れました。それがMRSAです。MRSAはただ単にペニシリンやメチシリンが効かないというわけではなく、調べるとほとんどの抗生剤が効かないことが判明し、問題視されるようになりました。
MRSAに多くの抗生剤が効かない理由は「PBP2’」という酵素を作るためと判明しています。さらにこの酵素の産生に関連するのが「mecA遺伝子」というものであることまでがわかっています。
MRSAは、抗生物質を多用した結果、出現したと考えられています。日本では、抗生剤が安易に使用されることが多く、世界的に見ても日本はMRSA感染の発生率が高いと報告されています。特に病院は免疫力の低下した人が多いため、MRSAは院内感染(医療機関内で広がる感染)の原因菌として問題になりました。
MRSAに感染した場合、通常の抗生剤の効果はあまり期待できず、治るかどうかは患者本人の免疫力次第ということになります。しかし、そもそも黄色ブドウ球菌は、通常の免疫力を持っていれば発症することはほぼありません。MRSA感染症を発症するとことは、その人の免疫力が低下しているということになります。「MRSA感染症を発症する」ということは、その人の免疫力が低下している状態で、「重症化して命に関わる」ということなのです。ただし、現在はMRSAに有効な抗菌薬がいくつかあるため、過剰な不安をいだく必要はありません。
もう1つ、MRSAは毒素を産生します。問題になるのは食中毒です。黄色ブドウ球菌が食べ物1gに100万個以上増殖すると、「エンテロトキシン」という毒素を産生し、この毒素が食中毒の原因になります。
黄色ブドウ球菌自体は、熱に弱いため加熱すると死滅しますが、エンテロトキシンは、熱に強く、沸騰したお湯に30分浸しても食中毒を起こすことがあります。
また、黄色ブドウ球菌は、酸素がなくても増殖し、多少の塩分でも毒素を産生することができるため、密封した容器に入れたり、塩づけにして保存している食品でも食中毒を起こすことがあります。
MRSAの感染経路
MRSAは、基本的に触れると感染する「接触感染」によって、うつります。つまり、MRSAが付着した手で、他の人に触れたり、手すり・ドアノブ・介護用具に触って、それを他の人が触ることによって感染します。
また、MRSAは乾燥した状態でも、数日から数週間生きられるため、MRSAが付着した部分に数日後に触れても、感染する可能性があります。
MRSA感染症を発症したときには、その病気を発症する直前に接触で感染した場合と、もともとその人がMRSAを持っていて(保菌)免疫力が低下したことで発症する場合があります。
MRSA保菌者とはどういう意味?どれくらいいる?症状が出ない?
検査で「MRSAが陽性」と判断されても、即病気というわけではありません。MRSAはいるけれども、何も症状がない状態を「保菌」状態といい、その状態にある人を「MRSA保菌者」と呼びます。
MRSAは弱い菌なので、MRSAが人に付着しても、免疫力がしっかりしていれば病気は発症しません。MRSAが陽性でも、MRSAの力よりも、免疫力が上回っている間は「保菌者」です。免疫力が低下して、MRSAの力が免疫力よりも強くなり、発熱などの症状がみられるようになったら、MRSA「感染」とよばれるようになります。
MRSAは、健康な人の1%、病院関係者の5%の割合で、鼻腔(鼻の中)に存在すると報告されています。また、病院の外来に来る患者の10%、入院患者の7%が保菌しているという報告もあります。他の病気で入院し、入院時点でMRSA保菌であった患者のうち、5人に1人はその後MRSA感染症を発症する可能性があると考えられています。
検査で検出されたすべてのブドウ球菌のうち、MRSAの割合は増えてきており、外来患者の検体で約1/3、入院患者の検体で2/3であったとの報告もあります。米国での報告ですが、1972年に医療関連感染で黄色ブドウ球菌が関連した件数のうちMRSAによるものはたった2%でしたが、最近の報告では60%まで増加しています。
また、人そのものではなく、室内などの環境を検査した報告では、MRSA感染症にかかった患者の部屋の表面からは36%、その部屋に入った看護師の手袋や衣服からは65%で、MRSAが検出されています。
MRSAの院内感染が問題になるのはなぜ?死亡する可能性が高い?菌交代症とは?
MRSAは1980年代以降、院内感染の主な原因菌となりました。特に大病院で問題になったのですが、原因として大病院では抗がん剤を使用するなど高度の治療が行われ、免疫力の低下した患者が多いこと、また長期入院患者が多くMRSAに接触する機会が多いことが考えられています。
MRSAに感染する原因の一つに、医師・看護師・介護士など医療従事者がMRSAを媒介(ばいかい:病原菌を運んで他の人にうつすこと)している可能性があることが院内感染の問題となっています。
入院患者は、他の病気で免疫力が低下していることが多いため、MRSAに感染してしまうと、症状が出ない「保菌状態」にはならず、感染症を発症してしまう可能性が高くなります。
一度MRSA感染症を発症してしまうと、患者はもともと持っている病気に加え、MRSAと戦うために、ただでさえ弱っている免疫の力が消費されてしまうことになります。そのため元の病気が悪化したり、MRSA感染症が命取りになってしまうこともあります。ある大学病院の報告ではMRSA肺炎になった患者の死亡率は約57%であったと報告されています。
MRSA感染の発症で問題になっているのは菌交代症です。人間の身体には様々な細菌がいます。細菌は、悪いことをするだけでなく、良いこともしてくれています。例えばビフィズス菌は、一般に「善玉菌」とよばれる細菌ですが、腸の中に十分なビフィズス菌がいることで、腸を良い状態で保ってくれています。腸の中には「悪玉菌」と呼ばれ、増えると腸の中の状態を悪くする細菌もいますが、ビフィズス菌などの善玉菌が十分な量いれば、悪玉菌は善玉菌によって抑えられます。人の身体には一定の細菌がいるように調整されているわけです。
ところが抗生剤の治療を行うと、良い菌であれ悪い菌であれ、その抗生剤が効く細菌は減ってしまいます。結果として、通常は他の細菌が存在していたため増えることができなかったMRSAが増えて、細菌のバランスが崩れます。この状態を「菌交代症」といいます。
MRSAに感染するとなぜ隔離が必要になる?いつでも、だれでも隔離される?
MRSAが陽性である場合、医療機関においては、「隔離」といって部屋を別にされることがあります。なぜ隔離が必要になるかというと、MRSAを持っていない患者が、MRSAに一旦接触すると除去(治療)することが難しいためです。
しかし、最近では隔離には、あまり感染予防の意味がないとする考えもあります。MRSAは、基本的に触れることによる「接触感染」することから、MRSAに限らず必要な手洗い・通常の清掃を行っていれば感染することは、ほぼないことが分かってきたからです。
また、全ての患者がMRSAの検査を受けているわけでなく、検査を受けていない患者の中にも一定の割合でMRSA患者がいると考えられており、「MRSA陽性」と判明した患者だけ隔離することは意味がないと考えられています。
大切なのは、検査で「MRSA陽性」とわかった患者を別の部屋に隔離することよりも、MRSAを含むすべての感染症を患者から患者にうつさないよう、病院のシステムや医療従事者の意識を改善することと考えられるようになりました。つまり、MRSAの感染の有無にかかわらず、「1人の患者に接したら手洗いして、次の患者に接する」といった医療者・介護者の意識の方が重要ということです。
ただし、病院によっては手洗いが守れない認知症の患者などの中で、MRSA陽性の患者を同じ部屋にまとめ、隔離をしている病院もあります。
患者の中には、「MRSAに感染しやすい」もしくは「MRSAに接触すれば直ちに発症する可能性が高い」患者もいます。具体的には手術後や抗がん剤使用中、重症の糖尿病やステロイドを含む免疫抑制剤を使用している患者などです。病院の大部屋で、MRSAに感染しやすい患者とMRSAを持っているとわかっている患者を同室にすることは場合によっては問題になります。
さらに、MRSAが陽性で、歩くことができる患者の場合は医療従事者を介さず、ドアノブや壁などからMRSAをうつしてしまうこともあります。このような場合も、MRSA感染を理由に部屋を別に移されることもあります。
しかし、病院や患者の特別な事情を除けばMRSAを理由に隔離は必要ありません。
MRSAが引き起こす症状 肺炎、敗血症(菌血症)になる?重症とは?
MRSAは様々な感染症の原因になります。MRSA感染で多い疾患は、おおよそ以下の通りとなっています。
・肺炎(40%)
・菌血症(20%)
・皮膚や軟部組織の感染症(10%)
・手術創感染(10%)
・尿路感染症(5%)
MRSA肺炎は、他の細菌性肺炎と比較して、特徴的な症状はありません。発熱・咳・痰といった、普通の肺炎でもみられる症状があり、検査では、血中酸素量の低下や炎症反応の上昇などがみられます。
通常は、MRSA感染症の既往があるといった特別な事情がない限りは、一般的な細菌性肺炎を考えて普通の抗生剤により治療が開始され、数日後様子をみても期待する効果が現れなかった時に初めてMRSA肺炎を疑います。その段階で、MRSA用の抗生剤に変更、もしくは追加されることが多く、治療の開始時期が遅れやすいことや、患者の免疫力が低下していることから予後はよくありません。
菌血症は血液中に「細菌」の生存が認められる状態です。通常は、体の一部にいた細菌が血管の中に入り込んで菌血症になります。菌血症は実は日常的にみられることで、普通は免疫力で自然治癒します。
しかし、MRSAが原因で菌血症になった場合、患者の免疫力が低下していることが多いので、血流にのって全身にばらまかれた細菌は、各臓器で炎症をおこし、全身性の感染症になります。MRSAで菌血症になるような患者は、点滴の管などが入っていることもあり、人工物に付着したMRSAはいつまでも生存し続け、さらに治療しづらい状況になっていきます。
敗血症は、菌血症や体の一部で起きた炎症が原因で、全身に炎症性の反応が現れた状態です。症状としては、発熱・脈拍増加・呼吸数増加などが起き、さらに悪化すると「敗血症性ショック」と言われる命に関わる血圧低下が起きます。ショック状態になると全身に十分な血液がいきわたらなくなり、命の危険が出てきます。
MRSA腸炎は存在しない?
腸炎についてですが、以前は「MRSA腸炎」と呼ばれる病気がありました。発熱・下痢、場合によっては嘔吐や血液まじり便がみられます。しかし、現在では、「MRSA腸炎」というものは存在しないのではないかと、考えられています。
実は、MRSA腸炎に関連した医学論文などは、世界で2000件ほどあります。ところが、「便の中の細菌を検査したらMRSAが検出された」というだけで、MRSAが腸炎の原因になっているという証拠はどの発表でも証明されていません。
従来MRSA腸炎と考えられていたもののほとんどは、「クロストリジウム・ディフィシル」という菌が原因となった腸炎ではないかと考えられています。この「クロストリジウム・ディフィシル」はMRSAに使用される抗生剤が効きます。そのため、クロストリジウム・ディフィシル腸炎をMRSA腸炎と間違って認識していても、結果として、抗MRSA薬が効いてしまうので、特に問題はなかったのです。
では、なぜ「クロストリジウム・ディフィシル腸炎」は「MRSA腸炎」と間違われてしまったのでしょうか。原因として考えられているのは、クロストリジウム・ディフィシルが、普通の細菌検査では検出されないためです。下痢がみられて、それがクロストリジウム・ディフィシルによるものであっても、普通の便培養しか行わなかった場合、「クロストリジウム・ディフィシル」は検出されません。代わりにたまたま混じっていたMRSAによって、「MRSA腸炎」と診断されてしまい、さらにMRSAに対する薬を使うことで治癒してしまうので、勘違いされやすかったのです。
現在では。クロストリジウム・ディフィシルは、専用の検査道具を使えば、診断することが可能となっています。そのため、細菌では「MRSA腸炎」という診断はほとんど行われず、正しくクロストリジウム・ディフィシル腸炎(略称:CD腸炎)と診断されています。
MRSAが引き起こす皮膚感染症とは?
MRSAは、髪の毛や皮膚にくっついていることが多いので、皮膚の感染症が起きて、検出されることが多く見られます。例えば「とびひ」は正式には「伝染性膿痂疹」と呼ぶ、皮膚の感染症ですが、原因菌は黄色ブドウ球菌が多く、もちろんMRSAも原因菌になります。最近ではMRSAの割合は30%とも言われ、多いところでは50%や90%とも言われている地域もあります。
「褥瘡(じょくそう)」は、一般に「床ずれ」といわれるもので、寝たきりの人などにおいて床に接する部分にできる皮膚の傷です。褥瘡にMRSAが感染することもあり、この場合感染はもちろん褥瘡の治りも悪くします。
また、食中毒の原因となる黄色ブドウ球菌ですが、皮膚に付着していることが多いので、調理前にきちんと手洗いをしていないと、手を触れるような食品(おにぎり・寿司・サンドイッチなど)で食中毒を起こす可能性があります。
食中毒を予防する方法はMRSAに限らず以下の対応を行います。
・調理前の手洗い
・けがした手で調理しない
・作るときにしっかりと加熱すること(細菌は加熱で死滅する。ただし毒素は消えない)
アトピー性皮膚炎の方は、黄色ブドウ球菌が皮膚に付着している割合が高いと報告されているため、調理の際にはビニール手袋を使用した方がよいでしょう。
MRSAの新生児への影響
一時期、新生児のMRSAがマスコミで話題になりました。新生児は、免疫力が低いため、感染症を発症すれと重篤化する可能性が高くなるため、新生児のMRSA感染についてはご両親も気になる人が多いようです。しかし、マスコミなどの心配は、「MRSA感染」と「MRSAの保菌」を混同した解釈から生まれているものもあります。
日本では新生児医療が発達し、多くのNICU(新生児向けの集中治療室)が、存在します。中には、長期の治療や、人工呼吸器を行っている新生児も多く、MRSAの検出率は高いと報告されています。
しかし、大人と同様、症状の出ない状態である「保菌」の場合は、家族は通常の手洗いを行う程度で、特別な対応をする必要はありません。
母親の産道に「MRSA」がいる場合(保菌状態)についても、出産に関して、特別なことは行いません。新生児期に、MRSAの保菌状態となった赤ちゃんが、1歳までMRSA保菌状態でいる確率は15%程度です。
新生児期にMRSAに接触しなかった赤ちゃんが1歳でMRSA保菌である割合が1%であることと比較すると高い確率なのは事実ですが、特に症状が出るようなことがなければ経過観察になります。
正常な新生児が入る病棟の調査では、早期からの母子接触や母乳栄養がMRSAの感染予防に有効との報告もあります。
MRSAの検査方法
日本で保険適応になっているMRSAの検査は3種類あります。
1つ目は培養・薬剤感受性検査です。患者から採取した「検体」からMRSAの可能性がある細菌を培養で増やし、MRSAの特徴である抗生剤への反応で確認する方法です。
感染症が明らかな場合は、その部分から検体をとって検査をします。肺炎であれば痰を、菌血症の場合は血液を、皮膚や手術創の感染ならその部分の膿(うみ)を採取して、細菌を培地で増やす培養検査を行います。
膿がある部分の細菌を調べる検査で、MRSAが検出されることもありますが、特に症状がない人で、MRSAを持っているかを調べるときには、MRSAは鼻腔に定着しやすいため、鼻腔を綿棒などでこすって検査に提出します。この検査でMRSA保菌者の80%は見つけられると考えられています。
MRSAの培養検査は、採取された検体をMRSAしか増えない培地に付着させて増やします。MRSAが存在する場合、1日以上かけて、その培養上で細菌が増え、その増えた細菌を採取し、MRSAの特徴に合うかどうかの検査(「同定・薬剤感受性検査」)を行います。培養による検査方法は、結果が判明するまでに最短でも2日かかり、さらに、病院内で検査できない場合は、検体や結果を送る時間もかかるため、結果がわかるまでに1週間かかることもあります。
時間の問題を解決しようと、さらに早く結果が得られるように、様々な検査が開発され、保険適応となったのが「MRSA遺伝子検査(正式名称:ブドウ球菌メチシリン耐性遺伝子検出)」と「PBP2’」というタンパクを検出する検査の2つです。
MRSAにメチシリンが効かない理由は、MRSAの細胞の壁に「PBP2'(黄色ブドウ球菌ペニシリン結合蛋白2')」という酵素があるためと判明しています。そしてこの酵素の産生に関連するのが「mecA遺伝子」です。そのため、「mecA」を検出する遺伝子検査と「PBP2’」という酵素を検出する方法が開発されました。2つの検査方法では、結果は数時間で判明しますが、保険適応になる対象患者は限られています。
MRSAの治療薬の効果と作用機序、副作用 バンコマイシン?リネゾリド?
日本で認可されて、標準的な治療方針が書かれた「ガイドライン」に、抗MRSA薬として載せられているのは以下の5種類です。
・バンコマイシン
・テイコプラニン
・アルベカシン
・リネゾリド
・ダプトマイシン
アルベカシンとダプトマイシンは投与される薬の量が多いほど効果が高く、強い殺菌作用を持ちます。効果も早く表れ、6時間程度です。
バンコマイシンとテイコプラニンの効果は、投与量と効果時間に関係しており、先の2つと比べると若干、殺菌効果は落ちます。効果が表れるまでには24時間程度を要します。
リネゾリドには殺菌効果がなく静菌作用しかありません。つまり細菌の数を減らすことはできないけれど、菌の活動を抑えてMRSA感染症を治します。
以上、5つの薬以外でも、感受性(効き方)によっては、普通に使用される抗生剤がMRSAに効くときもあります。
それぞれの薬剤によって保険適応となる疾患は異なります。
患者に合わせて投与量を計算し、血中濃度を測定して、薬のモニタリングを行うことを「TDM」といいます。バンコマイシン、テイコプラニン、アルベカシンはこのTDMが必要です。また、バンコマイシン、テイコプラニン、アルベカシン、ダプトマイシンは、腎機能が悪い時、量を減らす検討が必要です。
それぞれの薬剤の特徴は以下の通りです。
・バンコマイシン(略称:VCM)
最も早くに開発され、使用経験も多い。
細胞壁合成を阻害し、殺菌的に作用する。
腹水に届きやすい。
量が多すぎると、腎臓の機能が悪化する可能性があるが、血液検査で薬の濃度測定が可能。
急速に投与すると全身が赤くなりかゆくなる「red neck(レッドネック)症候群」や血圧低下といった副作用が現れるため、時間をかけて投与が基本。
・テイコプラニン(TEIC)
細胞壁合成を阻害し、殺菌的に作用する。
全身の組織に届きやすいが、髄液だけは届きにくい。
バンコマイシンより、腎障害が起きにくいと報告されている。
血液検査で薬の濃度測定が可能。
Red neck症候群も起きにくい。
副作用として報告されているのは、腎障害・肝障害・聴覚障害がある。
・アルベカシン(ABK)
細菌のタンパク合成を阻害し殺菌的に作用する。
日本では、適応が肺炎・敗血症に限定されている。
筋肉内注射での投与も可能。
副作用として報告されているのは腎障害・肝障害・聴覚障害がある。
・リネゾリド(LZD)
細菌のタンパク合成を阻害し静菌的に作用する。
内服と注射薬がある。
全身の組織に届きやすい。
腎臓が悪い患者でも、通常量の使用が可能。
副作用として報告されているのは血小板減少・貧血がある。
・ダプトマイシン(DAP)
細胞膜にくっつき、細胞の機能不全を起こして殺菌的に作用する。
皮膚や骨に届きやすいが、肺では効果が現れにくい。そのため肺炎に保険適応がない。
腎障害が起きにくい。
骨格筋への副作用(横紋筋融解症:おうもんきんゆうかいしょう)がありうる。手足の脱力感や筋肉痛、しびれや赤褐色尿といった症状が出る。
稀な副作用として好酸球性肺炎が報告されている。
その他に、特殊なMRSAの治療薬として、「バクトロバン軟膏(商品名)」というものがあります。バクトロバンも抗生剤ですが、ほとんどの菌には効果がないですが、MRSAには効果があります。塗り薬のため、皮膚の感染にしか使用できません。
実際に、バクトロバン軟膏が、最もよく使用されるのは、MRSAを鼻腔に保菌している人の除菌目的です。バクトロバン軟膏を、鼻腔に塗るとMRSAが消え、その後しばらくの間も、MRSAが再度付着しにくいことが判明しました。そのため、原則、症状のない「保菌」の状態の際に、MRSAを消す必要はありませんが、特別な事情で、保菌状態からMRSAを消す必要がある場合に、用いられます。
MRSAに市販薬はきく?
抗MRSA薬で、国内で市販されているものはありません。 リネゾリドの内服薬や、バクトロバン軟膏は個人輸入が可能です。また、市販の抗生剤が、たまたまその人のMRSAと相性が良ければ効果を発揮することがあります。
しかし、一口に「MRSA」といっても。どの薬が効くのかといった検査や、薬の量がちょうどよいかといった検査は個人ではできません。たとえ、抗MRSA薬を使用するのであっても、勝手な判断で抗生剤を使用することは効果がないだけなく、さらに薬の効きにくいMRSAに変化したり、副作用が現れたりする危険があります。個人判断で抗生剤を使用することは勧められません。
MRSAの薬以外の治療はある?どんなもの?
MRSA感染症の治療の基本は、抗MRSA薬である抗生剤です。薬以外の治療は、その病気の症状に対応した対症療法になります。例えば、肺炎の場合、酸素投与や解熱剤・去痰剤の投与、重症の場合の人工呼吸器といったものです。
しかし、対症療法がMRSAを消すことはありません。MRSAは除去できませんが、病気の治癒に伴って、免疫力が改善すれば保菌状態に戻ることは考えられます。
MRSAの治療期間の目安 肺炎、敗血症、腸炎の場合は?
抗生剤の投与期間は、しっかりMRSAが消えるまで十分に使用することが前提となります。中途半端に抗生剤を使用してしまうとMRSAを消せないだけでなく、その抗生剤が効かないMRSAに変化して、その後の治療が難しくなったり、変化したMRSAが他の人に感染すると、その人の治療までも難しくしてしまうからです。
目安となる抗生剤の使用期間はMRSAがどの臓器に感染しているかによって異なります。
MRSA肺炎では病院内で発生した場合7日間、壊死を伴う肺炎(壊死性肺炎)は3週間を目安に治療を行います。
菌血症では2週間、人工物が埋め込まれているような患者や抗生剤の反応が悪い場合には4週間から6週間の投与が推奨されています。
クロストリジウム・ディフィシル腸炎は、口から飲む「バンコマイシン」もしくは「メトロニダゾール」という抗菌薬で治療します。治療期間は10日から14日です。
クロストリジウム・ディフィシル腸炎を繰り返す場合は、時間をかけて徐々にバンコマイシンの量を減らす治療が行われます。この場合は全体で6週間かかります。
医療機関でのMRSA感染予防方法の概要 入院前に検査?お見舞いの場合も要注意?
MRSAの感染予防の方法ですが、医療機関の中でも、病院と施設の場合は対応が異なります。なぜなら、病院には病気と闘っている患者が多いため、他の病人にMRSAが感染すると、即命取りになることもあるからです。施設では、基本的に病気があっても落ち着いている人ばかりなので、必要以上の対応は不要です。
人から人にうつる感染症を予防するために、MRSAに限らず行われるべき「標準予防策」というものがあります。すべての患者が、すべての感染症の検査を受けているわけではありません。骨折で入院した人に感染症がないとは言い切れないのです。そのため、医療機関では標準予防策が行われています。具体的には、「患者の体液や排泄物は、感染の元になりうる」と考えて、以下の対応を状況に応じて行います。
・手洗いや手指消毒
・個人防御具(マスクや手袋など)
・リネンの取り扱い(体液や排泄物で汚れたリネンはビニール袋に入れて密封する)
・環境整備(手すりや器具の清掃)
MRSAは接触感染なので、標準予防策が適切に行われていればMRSAが他人に移る危険性はありません。しかしMRSAはどこにでもいる菌であり、患者に限らず、医療関係者にも、患者の家族にも、付着している可能性があります。
施設の場合には、病院ほど抗生剤が使われる環境でない事や、大きな処置があまり行われないことから、普通の手洗いと掃除が行われていればよいとされています。MRSAの保菌者が、施設を利用する際、特別な扱いをする必要もありません。
見舞いをする場合も、前後に手洗いや手指消毒をすれば問題はありません。特に、鼻腔(鼻の中)にはMRSAがつきやすいので、手洗い前にMRSAに触れた可能性がある手で、鼻を触らないように気をつけましょう。またお見舞いの際には花など消毒ができず、大量の菌を持ち込む恐れがあるものは持っていかないようにしましょう。
家庭でMRSA感染者が判明したら消毒する必要がある?どのような対処が必要?
病院を退院したあと、在宅療養などになった患者の中には、MRSAの保菌状態である方がいる可能性があります。特に、胃瘻(胃に直接栄養を流し込む処置)や点滴の管、人工肛門などがある場合で、自分で医療処置を行う時には、自分のMRSAが、皮膚の無い部分に付着しないよう注意しましょう。
自分の鼻や口のまわりなどを手で触った後に、胃瘻や人工肛門の処置をする場合は、もう一度手洗いや手指消毒が必要です。家族や在宅ケアスタッフがケアをする場合にも、患者の鼻腔などにあるMRSAが、皮膚の無い部分に触れてしまわないように注意しましょう。
MRSA保菌者の場合、家庭でも普通の手洗い掃除が行われていれば過度な対応をする必要はありません。手にMRSAが一時的に付着したとしても、手洗いすると、手の皮膚からMRSAは簡単に流されてしまいます。
抗生物質が効きにくいMRSAですが、アルコールなどの消毒薬はよく効くので、手洗いができないときは速乾式アルコール消毒薬を使いましょう。
家族の中には病、院から家庭に持ち込まれたMRSAが、自分にうつってしまうのではないかと心配する人もいるでしょう。しかし、MRSAが自身にうつることについて、特に心配する必要はありません。
黄色ブドウ球菌を保菌している人は、社会にたくさん存在します。病院に存在するMRSAの感染力や病原性は、ふつうの黄色ブドウ球菌と特に違うわけではありません。
家族自身が医療従事者であるような特殊な場合などを除けば、自分にうつったMRSAを他人にうつしてしまう可能性についても、特に心配する必要はありません。
在宅療養者がMRSAを保菌しているかどうかが、はっきりわかっている場合もありますが、検査をしていないためにわからない場合も多くあります。常に基本的な感染対策を忠実に守ることが必要です。
具体的には、以下の通りです。
・手洗いの励行(もしくは速乾式アルコール消毒薬の使用)
・患者の体液に触れる可能性があるときには、プラスチック手袋を使用する。手袋を外したら、必ず手洗いをする。必要に応じてエプロンやマスクを着用する
・介護者の手荒れに注意し、ハンドクリームなどで手を保護する。手にけががある場合は手袋を使用する
洗濯は、他の洗濯物と一緒で問題ありません。付着したMRSAは水と石けんで流れてしまうからです。80度以上のお湯を使用したり,乾燥器を使用するのも消毒になります。同じ理由でコインランドリーを使用する場合も、使用後に特別なMRSA対応は必要なく、洗濯後、さらに日光で消毒し、アイロンをかけて熱を加えれば、心配ありません。ドライクリーニングでは水を使いませんが、溶媒で殺菌するので、こちらも特別な処置を必要としません。
MRSA感染者が自宅にいる場合でも、大きくは保菌者と同じ対応で構いません。ただし、肺炎で、痰や咳などを介して、菌がばらまかれている可能性があれば患者の周囲は「ヒビテン」や消毒用エタノールなどで1日1回程度拭きましょう。また通常の部屋の掃除を行いましょう。
お風呂についても特に問題はありませんが、もし家族にMRSAに感染しやすい人がいる場合はMRSAのある人は最後に入浴した方が良いと考えられます。
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アスクドクターズの記事やセミナー、Q&Aでの協力医師は、国内医師の約9割、33万人以上が利用する医師向けサイト「m3.com」の会員です。
記事・セミナーの協力医師
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白月 遼 先生
患者目線のクリニック
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森戸 やすみ 先生
どうかん山こどもクリニック
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法村 尚子 先生
高松赤十字病院
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横山 啓太郎 先生
慈恵医大晴海トリトンクリニック
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堤 多可弘 先生
VISION PARTNERメンタルクリニック四谷
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平野井 啓一 先生
株式会社メディカル・マジック・ジャパン、平野井労働衛生コンサルタント事務所
Q&Aの協力医師
内科、外科、産婦人科、小児科、婦人科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科、整形外科、精神科、循環器科、消化器科、呼吸器科をはじめ、55以上の診療科より、のべ8,000人以上の医師が回答しています。