阪神大震災のPTSDと携帯電話
person40代/女性 -
阪神大震災のとき、10分くらい、身動きできませんでした。重いタンスがわたしの上に倒れかかってきて、枕元の棚がつっかい棒になっていました。横向きに寝ていたのも幸いでした。丈夫な肩の骨で、タンスを止めました。とにかく枕元の棚がなければ、肩の骨はつぶされ、大怪我していたか、もっと悪かった可能性があります。
その後マンションの一部が燃えました。
構造上弱かった部分がつぶれてガスが充満し、電気が復旧したとき、火花で燃えて、3日燃え続けました。
水がなく、消防車も、どうしようもなく、中でがれきで動けない方は、悲惨な仕方で亡くなりました。
わたしの家は無事でした。夢中になって家の衣類を出して、寒がっている方々にお分けしました。避難所の幼稚園で横向きではなく、座って眠り、エホバの証人の救援委員からきめ細かいお世話を受けて、何かしたくて、父の会社の空き社宅に引っ越したときには、ほうれん草のおひたしを大量に仲間に届けたり、エホバの証人の救援物資を一般の方々に届けたり、2人組みで、心配な方の様子を見に行き、家ががれきで、とても助かってはいないだろうかと思って落胆したりしていました。
さて、集会で、災害に備えたプログラムが時々あります。災害時には、無事なら必ず長老に連絡するように指示されました。連絡がなければ、長老か、他の兄弟が、命がけで、自宅や避難所を探し回り、安全を確認するとのことでした。
さてわたしは、自宅の中で、薄い小型のリュックをいつもせずにはいられません。携帯電話が入っています。いざという時の連絡のためです。
災害で、がれきにいつ埋もれるかわからないと考え、トイレに行く時も料理や家事をする時もリュックをしています。
強迫的にリュックをいつもしています。
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