植物状態(遷延性意識障害)とは?回復可能性、定義、脳死との違い、原因などを解説 意識はある?ない?
- 作成:2016/08/12
植物状態(遷延性意識障害)とは、一般的には「意識がない」状態といえます。「脳死」とは違って、呼吸をつかさどる部分など脳の機能の一部は残っていますので、自発的な呼吸が可能なことも多いといえます。回復可能性や、原因、医学的な定義などを、医師監修記事で、わかりやすく解説します。
この記事の目安時間は6分です
目次
- 植物状態(遷延性意識障害)の定義
- 植物状態(遷延性意識障害)の主な原因
- 植物状態(遷延性意識障害)と脳死の違い
- 植物状態(遷延性意識障害)の時、意識はある?ない?
- 植物状態(遷延性意識障害)を外から見て、見分けられる?
- 植物状態(遷延性意識障害)からの回復可能性
植物状態(遷延性意識障害)の定義
「植物状態(Vegetative State;VS)」とは、1972年に概念として英国のジャネットとプラムという医学者によって提唱され、1994年に米国神経学会を含む5学会の合同組織(The Multi-Society Task Force on PVS)によって、定義と診断基準がまとめられました。
脳が重大な損傷を受け、昏睡(こんすい)状態となった後に、「睡眠」と「覚醒(かくせい)」のサイクルを回復させる患者さんが存在します。「覚醒(wakefulness)」の機能は保たれているものの、意識の内容ともいうべき「気づくこと(awareness)」が存在しない患者さんが「植物状態にある」と定義されています。VSでは、視覚・聴覚・触覚・痛み刺激に対して、持続的で、再現性があり(繰り返される)、意味のある自発的な行動は認められません。また、言語を理解したり、言語を使用することもできません。以上より、植物状態は定義上、「通常の意味での意識がない」と考えられる病態とされています。
遷延(せんえん)する意識障害としては、一般的に「持続する植物状態(Persistent Vegetative State;PVS)」が思い浮かばれますが、実際には最小意識状態(MCS;後述)、閉じ込め症候群、非痙攣性てんかん重積状態、無動無言、精神的無反応状態などのと区別されなければなりません。
植物状態(遷延性意識障害)の主な原因
植物状態(VS)の原因は、大きく「外傷性」と「非外傷性」の脳損傷に分けられます。外傷性としては、世界的には“交通事故”や“銃創(銃に撃たれてできる傷)”による重症頭部外傷が多いようです。非外傷性で原因となるものとしては、以下のようなものがあります。
(1)低酸素脳症→蘇生後脳症(そせいごのうしょう;心肺停止から救命できたものの脳への酸素の供給の途絶(とぜつ)が長すぎると起こります)や溺水(できすい、おぼれること)など
(2)脳血管障害→脳出血、くも膜下出血および脳梗塞(のうこうそく)など
(3)中枢神経感染症→細菌性髄膜炎(ずいまくえん)やウイルス性脳炎など
(4)脳腫瘍
(5)中毒性脳障害→CO(一酸化炭素)中毒や農薬中毒など
植物状態(遷延性意識障害)と脳死の違い
ヒトの脳は、「大脳」「小脳」「脳幹(のうかん)」の大きく3つに分けられます。それぞれの主な働きや特徴は、「大脳;運動の命令や知覚、また思考や言語など人間らしさの機能。低酸素に弱い。」、「小脳;運動や姿勢の無意識的な調整」、「脳幹;呼吸や循環の調節、また意識の伝達など生命維持に必要な根本的機能。原始的な部分で比較的低酸素に強い。」となっています。
3つのどの部分が損傷を受け、機能を失っているかによって、「全脳死」、「脳幹死」、「植物状態」に分けられます。医学的な脳死とは、大脳、小脳、さらに脳幹を含めすべての機能が失われた「全脳死」、および脳幹の機能が失われた「脳幹死」のことです。一方、「植物状態」は大脳の機能が完全に失われているか、ほぼ失われている状態ですが、脳幹や小脳は生きて機能しています。したがって、「植物状態」は、「全脳死」および「脳幹死」とは一線を画した病態ということができます。少し話がそれますが、日本における法的な脳死は全脳死の立場をとっていますが、イギリスなど一部の国では脳幹死を脳死としています。
脳死と植物状態との違いを「意識状態・脳波(のうは)」、「呼吸・循環」などについて、もう少し詳しく見ていきましょう。脳死では、意識は「深昏睡(しんこんすい)の状態にあり、いかなる刺激に対しても反応がなく、不可逆的で回復の可能性はありません。植物状態も、昏睡に近い状態にはありますが、睡眠/覚醒(かくせい)のサイクルが存在するとされ、まれに意識を回復することがあるといわれています。
脳波に関してみると、脳死は平坦(へいたん)脳波で、脳の電気的活動は全くないのに対して、植物状態では電気的活動は残っていて、数種類の波形がみとめられます。脳死では、自発呼吸をつかさどる呼吸中枢のある脳幹部が死んでしまっているので自分の力で呼吸はできず、人工呼吸で酸素を与えなければ心臓もすぐに止まってしまいます。一方、植物状態では脳幹部は十分に生きているので、自発呼吸は弱いものから、ほぼ正常な程度の呼吸まで幅はありますが、人工呼吸器は使わずに済むことがほとんどです。脳幹による(血液の)循環のコントロールも正常または、ほぼ正常に働いています。
植物状態(遷延性意識障害)の時、意識はある?ない?
1972年に日本脳神経外科学会が作成した植物状態(VS)の定義の6項目の1つに、「“目を開け、手を握れ、などの簡単な命令にはかろうじて応じることもある”が、それ以上の意思の疎通は不可能」という項目があり、“意識がある”ことがまれにあるという記述が含まれています。一方、1994年の米国学会合同組織による新しいVSの定義では、「自分自身や周囲を認識している(気づいている)根拠はない」ことが規定され、“意識はない”ことが条件になっています。
以前のVSの概念では、「意識はある(残っている)もの」と「意識はないもの」の両方が含まれていることになっていたために、VSから明確に区別できる状態として、「最小意識状態(MCS:minimally conscious state)」という概念が、2002年にアメリカ神経学会から提唱されています。
「最小意識状態(MCS)」とは、「遷延する意識障害はあるものの、持続的ではないが何らかの意志を示す動作を確認でき、昏睡状態やVSとは明確に区別できるもの」と定義されています。日本脳神経外科学会が作成した当時のVSの定義は、現在ではMCSに相当すると考えられています。
植物状態(遷延性意識障害)を外から見て、見分けられる?
以上より、遷延性意識障害では、厳密には「意識のない」植物状態(VS)と「意識のある」最小意識状態(MCS)が区別されています。ただし、外部から見ているだけの方(医師でさえ)が2つの状態を明確にすることは、ほとんど難しいと思われます。
しかし、最近では、脳の活動部位を見る検査によって、わずかな意識を確認することが可能になってきているようです。機能的MRI [磁気共鳴画像(じききょうめいがぞう)] 検査では、例えば、音などの刺激に対して正常な人と同じ意識が生じる、すなわち微細ではあっても同じパターンの脳の活動がみられるか(マインドリーディング)ということが調べられています。
植物状態(遷延性意識障害)からの回復可能性
1994年の米国神経学会の診断基準によれば、以下のように判断基準が示されています。
・外傷性の原因による例では普通、植物状態が12カ月以上持続すると恒久的(こうきゅうてき;回復はなく続くということです)
・非外傷性の原因による場合では3ヶ月以上持続すると恒久的
つまり、意識のない期間が短ければ、植物状態でも十分に回復可能性はあるという言い方もできます。実際に、持続する植物状態(PVS)の成人例603人のデータの解析では、生活の自立まで回復する率は、PVSとなって1カ月経過した場合は18%、3カ月経過では12%、6カ月経過では3%と低下していくとなっています。また、視床(ししょう;大脳と脳幹の間に位置する間脳(かんのう)に含まれ、感覚や体温の調節などの中枢です)の障害を伴うと、中枢性の高体温、発汗過剰(かじょう)、ナトリウムや水の代謝の障害が出現し、呼吸器の感染症などを介して、転帰(その後との見込み)は不良となり、長期の生命予後では、3年後の生存率は18%、5年後は5%といわれています。
前述した「最小意識状態(MCS)」がいわゆる植物状態に含まれている割合は実際には多く、MCSは正確な診断が下さらなければ、PVSとみなされているケースも多いと考えられています。MCSは外部の環境や自分自身のことを意識するという意味での最小限の意識が限定的に残っていることから、回復の可能性は高いことが予想されます。持続する植物状態(PVS)の患者さん12例とMCSの患者さん39例の5年間の追跡調査では、PVSから回復する例はなかったものの、MCSでは13例(33%)が覚醒したと報告されています。
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植物状態についてご紹介しました。知人や近い方の病状に不安を感じている方や、疑問が解決されない場合は、医師に気軽に相談してみませんか?「病院に行くまでもない」と考えるような、ささいなことでも結構ですので、活用してください。
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