急なむくみ、腹痛… 実は遺伝的な病気?「HAE」とは
- 作成:2021/03/29
健康な人でも日常的にむくみは起こりますが、実は、むくみ(腫れ)が発作的に現れる、遺伝性の病気があります。それが「遺伝性血管性浮腫(HAE)」です。HAEは放っておくと命にも関わる指定難病です。本記事では、HAEの概要や遺伝の仕方、むくみ発症の仕方などについて説明します。
この記事の目安時間は6分です
むくみの発作が皮膚から胃腸まで全身で起こる遺伝的な病気「HAE」を知っていますか?
「むくみ」という言葉、みなさんはどのような時に使いますか?例えば、「水分を取り過ぎて、翌朝、顔がむくんでしまった」「立ち仕事だから、毎日夕方になると足がむく」といった風に、日常的な事象として使うことが多いのではないでしょうか。
むくみは、専門的な言葉では「浮腫」(ふしゅ)といい、何らかの原因で、血液中またはリンパ液の水分が血管やリンパ管の外にしみ出て、皮膚や皮膚の下層に溜まった状態のことを指します。もちろん健康な人でも起こるのですが、実は、むくみ(腫れ)が発作的に現れる、遺伝性の病気があります。それが、「遺伝性血管性浮腫」です。英語名Hereditary angioedemaの頭文字を取って、HAE(エイチ・エー・イー)とも呼ばれます。
普段気軽に使っている「むくみ」は見える部分の話が多いのですが、HAEのむくみ発作は、見えない部分も含め、体のあちこちで起こります。皮膚などの見える部分に起こった場合には、急に手や唇などがパンパンに膨れるので、何か変だと気付きやすいかも知れません。一方、胃腸に起こった場合には、「激しい腹痛や吐き気」、のどに起こった場合には、「のどの詰まり」といった症状として現れ、しばらくすると治まるので、なかなかこの病気と気付けないことも多いとされています。のどにむくみ発作が起こると、最悪の場合、呼吸ができなくなり命を落とすケースもあり、早期の発見と医師による対応が重要だと言えます。
HAEは、10~20歳代での発症が多いのですが、あらゆる年齢で発症しうるとされています。また、世界中で約5万人に1人が発症すると推定されています。そうすると、人口1億数千万人の日本では、2,000人以上HAEの人がいると推定されることになりますが、実際にHAEと診断されているのは450人程度です1) 。診断されていない人が多い原因の1つとして、日本ではこの病気があまり知られていないことが挙げられています1) 。
HAEは、名前に「遺伝」と付いている通り、親から子へ遺伝する可能性のある病気です。つまり、家族や親せきに複数人、同じ病気の人がいる可能性があります。一方で、両親ともにHAEではなく、子どもで初めて発症するケース(孤発例)もあり、親族にHAEが疑われる方がいない場合にも、一定の注意が必要です。
HAEは、まだ病気の全容が解明されているわけではなく、根本的に(遺伝子から)治療する方法も見つかっていません。こうした理由などから、国の指定難病対象疾病になっています(指定難病65、原発性免疫不全症候群の1つ)2) 。また、小児慢性特定疾病の対象にもなっています3) 。いずれも、国の公的な医療費助成制度で、HAEと診断された場合はこれらの助成が受けられます。
参考文献/参考サイト
- 1) Hide M, et al. Management of hereditary angioedema in Japan: Focus on icatibant for the treatment of acute attacks. Allergol Int 70 (2021) 45-54. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1323893020301027
- 2)難病情報センター https://www.nanbyou.or.jp/
- 3)小児慢性特定疾病情報センター https://www.shouman.jp/
HAEのむくみ発作は、顔の膨れ・激しい腹痛・のどの詰まりなどが「突然」くる!
HAEによるむくみ発作が疑われるケースについて、もっと詳しく見ていってみましょう。
まず、むくみ自体は、顔(くちびる、まぶた、など)や手足をはじめ、全身で起こり得ます。さらに、胃腸や気道など、外から見えない部分にも現れる可能性があります。
むくみ発作による症状は、さまざまな形で現れますが、いずれも「突然」であることが多くの場合で共通しています。見える部分で起こるむくみ発作の症状は、朝起きたら「手がパンパンに膨れていた」「くちびるがパンパンに膨らんでいた」などです。見えない部分で起こるむくみ発作は、ときにつらい症状につながります。例えば、胃腸に発作が起こると、「激しい腹痛が起きる」「吐き気を感じて嘔吐する」などがあり得ます。女性の場合、腹痛を子宮内膜症などと症状が似ているケースもあるとされており、要注意です。また、のどが腫れると、「飲み込みづらくなる」「息苦しくなる」「声が変化する」などが起こり、場合によっては窒息して命に関わることもあります。
HAEで現れるむくみは、「腫れ」のように見える場合がありますが、医学的には、腫れとは区別されます。腫れは、炎症などが原因で、体の一部に「血液」が溜まって起こるのに対し、HAEをはじめとしたあらゆる疾患で発現する「むくみ」は、医学的には「浮腫」と言い、「水分」が溜まって起こるもの。見た目は腫れのように見えても、浮腫の場合、痛みやかゆみは起こりにくいとされています。その他、外から見てわかる特徴として、「3人に1人程度に、かゆみを伴わない発疹(紅斑)が見られる」「むくみ発作の出方は左右対称ではない」「膨らんだ部分を指で押して離したときに痕が残らない」などが挙げられます。
むくみ(浮腫)自体はHAE以外の要因によっても起こりえるため、むくみの原因がHAEにあるのかどうかは、医師による診断が必要ですが、HAEのむくみ発作は、前触れなく突然起こる場合以外にも、軽い傷ができたときや、歯を治療した後など、肉体的なストレスがきっかけで起こることもあります。また、精神的なストレスも、むくみ発作のきっかけになる場合があります。このむくみ発作は、およそ24時間後に最大となり3、4日続きます。長いときには1週間ほど続き、その後、元に戻ります。そして、治療を受けないと、むくみ発作は何度も繰り返し起こります。発作の頻度や期間は、人によってさまざまで、同じ家族でも異なります。平均して1〜2週間ごとに現れるとされています。
参考サイト
- QLife遺伝性疾患プラス https://genetics.qlife.jp
HAEのほとんどは、「C1インヒビター」の遺伝子変異が原因
HAE患者さんの多くは、「C1インヒビター」というタンパク質の量が少なかったり、働きが弱かったりすることが指摘されています。C1インヒビターとは、「ブラジキニン」という、体液を体の組織にしみ出させる働きがある物質の産生を制御するタンパク質で、C1インヒビターの量が減ってしまうと、ブラジキニンが過剰となり、体の組織に体液が必要以上に蓄積してしまい、これが激しい腫れやむくみ、腹痛を引き起こすとされています。
このようにC1インヒビターの量や働きが正常でない場合にHAEの症状が現れるとされていますが、臨床現場では、患者さんの病型をI型、II型、III型の大きく3つに分けてアプローチするのが一般的となっています。
このうち圧倒的に多いのはI型とII型で、I型が「C1インヒビターの量が少なくなり、働きも悪くなる」ような変異なのに対し、II型では「作られるC1インヒビターの量は十分だけど、働きが悪くなる」ような変異が起こっているとされています。
III型については、非常に稀だとされていますが、C1インヒビターの量・働き共に正常ではあるものの、遺伝子に何らかの変異があることでブラジキニンが過剰に産生され、体の組織に必要以上に体液が蓄積した結果として、むくみなどの症状が現れるとされており、原因の詳細についてはまだ十分に解明されていない状況です。
C1インヒビターの遺伝子の異常については遺伝性があるとされており、いずれも両親のどちらかがHAEを発症していると、子どもに50%の確率で遺伝するというデータがあります(常染色体優性遺伝)。つまり、HAEは、同じ家族に複数人いる可能性もある病気と言えるのです。「急に顔の腫れや強い腹痛に襲われ、しばらくして治まるのを繰り返す」といった症状のある人が、自分だけでなく親や、血のつながった親せきにもいるという方は、毎回我慢してやり過ごすのではなく、一度医療機関を訪れてみるとよいでしょう。
参考サイト
- QLife遺伝性疾患プラス https://genetics.qlife.jp
気になる症状があれば医療機関へ
HAEの症状として現れる、「急に顔の一部が膨らんだ」「おながが痛い」などの症状は、HAE以外でも起こり得るもの。また、時間が経つと収まってしまうため、医療機関を受診しない方もいるかもしれません。しかし、病院へ行かずに、HAEの繰り返すむくみ発作を放置しておくと、ときに命取りとなる、深刻な事態を招きかねないのです。
HAEの場合、特に深刻なのは、のどに浮腫が起こり、気道が詰まって命を落としてしまうケースです。このように、のどに浮腫が起こる原因としては、HAEだけでなくアレルギー性疾患や急性喉頭蓋炎なども挙げられますが、ドイツの研究報告では、のどに発作が起きたとき、HAEと「診断されていた人」と「まだ診断されていなかった人」で、その後について比較したところ、「診断されていた人」の方が圧倒的に多く命を取り留めていました。HAEに限らず、むくみ発作をはじめとする「気になる兆候」に気づいた時点で、なるべく早く治療につなげていくことが、その後の重篤な結果を防ぐことにもつながります。気になる症状があればぜひ医療機関を受診しましょう。
しかし、HAEは、決め手となる特有の症状がないことに加え、病気自体の認知度も低いことから、症状に気付いて受診しても、必ずしもその場で診断がつかないこともあります。米国の研究報告では、HAEの発作が最初に起きた年齢の中央値は11歳、そして診断がついた年齢の中央値は19歳と、全体的に見て8年の差がありました。日本でも、HAEと実際に診断されている人数と、発症率から推定した人数を比較すると、やはり、認知度の低さなどから、診断の遅れが生じていると考えられています。HAEであるかどうかを医師が判断するために役立つ情報としては、誘発因子(ストレス、外傷、抜歯、月経、運動、感染など)、薬剤摂取歴の有無、家族歴などが挙げられており、医療機関を受診する際はこれらの項目についてもご自身で整理しておくと有用かもしれません。
参考文献
- 1) Christiansen SC. et al. Pediatric Hereditary Angioedema: Onset, Diagnostic Delay, and Disease Severity. Clin Pediatr 55(2016) 935-942. https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0009922815616886?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org&rfr_dat=cr_pub++0pubmed&
- 2) Bork K. et al. Fatal laryngeal attacks and mortality in hereditary angioedema due to C1-INH deficiency. J Allergy Clin Immunol 139 (2012) 692-697. https://www.jacionline.org/article/S0091-6749(12)01008-1/fulltext
- 3) Hide M, et al. Management of hereditary angioedema in Japan: Focus on icatibant for the treatment of acute attacks. Allergol Int 70 (2021) 45-54. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1323893020301027
- 4) 遺伝性疾患プラス https://genetics.qlife.jp/
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