「もう一度 海が見たい」30代で末期膵臓がんが見つかった女性が母と見たかった景色
- 作成:2021/10/20
腹部に不快感を覚え受診すると、膵頭部がんステージ4との診断。闘病は突然始まりました。岐阜県在住の女性Kさんはまだ34歳。容体急変もあり得る状況の中、Kさんに一つの願いが湧き上がりました。 「病になった今、大好きな憧れの海をもう一度見たい。家族と一緒に海が見たい!」 Kさんは『病や障がいと共にある方』の願いを叶えるプロジェクト“CaNoW(カナウ)”に自ら応募し、最愛の母との旅を実現したのです。
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旅の実現までに立てられた綿密な計画
2020年6月、Kさんの膵臓がんが判明したとき、すでに肝転移があり手術は不可能でした。7月上旬から抗がん剤の治療を開始。徐々に体力が落ち、杖が手放せなくなり、車イスを使い、食欲も減退していきました。そんな中「海を見たい」という願いに寄り添い、旅の実現を目指した準備は進められました。
Kさんの希望と体調を考慮し、日程は2020年11月5日から一泊二日、行き先は三重県の志摩地中海村と決定。旅に同行する医療スタッフ(白月遼医師・勝又春菜看護師)とかかりつけ医や旅行医(伊藤玲哉医師)との連携、現地受け入れ病院となった志摩市民病院の協力など、綿密に情報共有が行われました。当日は体調急変に備えて薬品類を携え、志摩市民病院のベッドを一床空けておいていただくことに。この間、Kさんの体調は不安定でした。10月下旬に痛みが強くなり緊急入院、貧血や腹水に対処する輸血と腹水の除去が行われました。翌日には退院できましたが、内服薬で体調を整え、祈る思いで旅の日を待ちました。
不思議なことに薬の量も少なく杖だけで行動できた
迎えた旅行当日。体調チェックと診察の結果は、予定通り出発してOK。
まずは車で約3時間、三重県の賢島駅近くの桟橋へ向かいました。
「不思議なことに、いつもの薬の量も少なく、車イスなし杖だけで行動できて、自分でも驚いています」とKさん。出発前に痛み止めを服用し、痛みが強くなることなく移動できました。
桟橋からはクルーズ船に乗って志摩地中海村へ。英虞湾の島陰に輝きながら沈む夕日を眺めるKさんとお母さんは、いつしかリラックスした表情になっていきました。10分程で志摩地中海村の船着場に到着するとサプライズが。志摩市民病院の江角悠太医師が出迎え、病院スタッフ手作りの御守り札をプレゼントしてくださったのです。
感謝と感激の冷めやらぬ中、Kさんとお母さんはカートに乗車し宿泊する部屋へ。
「着いたー!」
地中海リゾートを思わせるスイートルームに思わず歓声を上げるKさん。お母さんからも笑顔がこぼれました。
「ずっと待っていたもんね。体調悪いとき行けるかなって心配したけど、来られたね」
夕食は、Kさんが行きたいと願っていた地中海村の一つ星レストラン。料理はKさんの体調を考慮し、食べやすく刻んだ食材を通常の半分の量で提供されました。特製のソフトドリンクで「乾杯!」。地中海料理を堪能したあとは、貸し切りの大浴場へ。誰にも気兼ねすることなく母娘でゆったり湯に浸かり、1日目の夜は穏やかに更けていきました。
母と娘、それぞれの思いを伝えられた旅
「倦怠感や痛みもなく、よく眠れた」というKさん。旅の2日目は、まず志摩地中海村にある“愛の塔”へ。ホタテガイを使った絵馬に願いを書き、幸せを祈る場所です。Kさんとお母さんはそれぞれ、普段なかなか口に出せない思いを貝殻に記しました。
『もっと生きたい!』
『Kの母でよかった。地中海村に連れてきてくれてうれしかった』
この日もKさんの体調は安定しており、お母さんが訪れたことがない“伊勢シーパラダイス”にも足を延ばしました。水族館でペンギン館やアシカショーを満喫したあとは、隣接する“夫婦岩”で有名な二見の浜へ。ここで身を清めてから伊勢神宮を参拝するのが古来から習わしで、縁結びなどの御利益があるパワースポットとして知られています。浜辺に鎮座する“二見興玉神社”にもお参りし、お母さんが“身体の悪いところにあててから奉納する輪注連縄”を手にして、Kさんの膵臓付近にそっとあて、祈る姿がありました。
「家族だけでは不安があった旅行。今回は医療従事者が付き添ってくださったので安心して楽しめました。ここまで母と一緒に来られて大変幸せです」
きらめく海の夕映えに包まれKさんの表情は穏やかでした。
この旅では、Kさんからお母さんに一通の手紙と花束も渡されました。
『お母さんへ。今も、今までもたくさんわがまま言って、時にはきつい言葉を浴びせてごめんなさい。いつもどんな私でも受け止めてくれてありがとう。あとどれだけ生きていられるか、ネガティブで毎日怖くて泣いてばかりですが、最後まで見守っていてください。
一緒にここまで来られて私は幸せです。この旅が最後じゃなくて、これからももっと思い出を作っていこうね。大好きだよ』
「今まで急に病気を宣告されてつらかったのは本人で、それに耐えてよく頑張ってきたと思います」
そう応えるお母さんの胸に、“娘と過ごしたかけがえのない時”が深く刻まれる旅となりました。
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