認知症の経済的負担から考えると、予防は重要課題。同時に、安心して共生するために大切なものは…
- 作成:2022/01/08
最近、アメリカで新しいアルツハイマー型認知症治療薬が承認されました。この薬は、アルツハイマー病の原因であるアミロイドというタンパク質を除去すると言われています。ただ、この新しい治療薬の効果には未知の部分もあって、発売後も継続して研究が続けられます。今後、日本での使用が期待されていますが、同時に、その費用が非常に高額であると議論になっています。今回は、認知症の経済的な問題と、認知症予防についてお話します。
この記事の目安時間は3分です
長寿社会が進むほど増える経済的負担
認知症の人に対する医療や介護にかかる費用、あるいは、介護者が仕事を続けられなくなることに及ぼされる費用は、決して少なくありません。最近の研究では、認知症の人1人あたり年間200万~300万円かかると言われています※1。
少し古い研究ですが、関東近辺の在宅介護中のアルツハイマー型認知症の本人と、その介護者への聞き取り調査があります※2。認知症に関連した経済被害(契約トラブルや、貴重品の紛失など)は、約60%の家庭で生じていて、平均被害額は171万円でした。また、家族が介護のための離職や転居などにかかった機会損失は76%に生じていて、平均損失額は497万円でした。
このように認知症の人や家庭には、非常に高額な経済的負担がかかります。この研究では、専門医による認知症の診断があると、被害の件数や被害額が減っていたことも指摘されています。
残念ながら、長寿社会が進むほど、お金がかかります。長寿になると認知症のリスクが上がり、認知症の人や家族には、さらに経済的な負担がかかります。経済的負担を下げるという視点からは、認知症予防の重要性は高いといえます。
若いうちから心がけたい認知症の予防
では、どうすれば、認知症は予防できるのでしょうか。
認知症のリスクとしては、教育期間が短いこと、社会的孤立、うつ状態、身体活動の低下、などが報告されています。また、脳の血流低下に関連する肥満、高血圧、喫煙、糖尿病もリスクといえます※3。アルツハイマー型認知症では、中年期からアミロイドが脳に蓄積します。アミロイドの蓄積は、生活習慣病や睡眠の影響を受けるので、若いときからの生活習慣が大切です。
老年期には、記憶力、注意力、興味、意欲が低下しがちで、「新しいことを始める」ことが非常に難しくなります。慣れている、新しい刺激の少ない生活を送っていると、どうしても生活が単調になります。毎日がルーチンで回ってしまい、気がつくと、あまり脳を使っていない生活に陥りがちです。
認知症を予防するためといっても、老年期になってから急に人と会ったり、運動したりと、生活スタイルを変えることは難しいでしょう。しかし、しばらく続けてきた生活習慣は、そのまま維持されやすいです。中年期になったら生活習慣病に対する意識を高めて、将来の認知症を予防するという視点で、適切な生活習慣を確立することは、とても大切です。
もちろん、老年期になってからも「もう年だから」と諦めることはありません。最近の海外の研究※4で、正常高齢者や少し認知機能が下がっている高齢者に対して、運動療法、栄養指導、脳トレプログラムと生活習慣病のモニタリングを行ったところ、認知機能の低下を抑えられたという結果が報告されました。生活習慣を変えるのは、いつからでも遅くはないでしょう。
認知症を理解し、ともに生きる社会を
経済的な視点から、認知症の予防ばかり重視するのは、偏っているかもしれません。人間は、お金のためだけに生活しているわけではありません。「よく老いる」という視点も大切です。
高齢期には、病気の1つや2つあるのは普通です。自分の人生を前向きに捉える心理的積極性や生きがいの維持、孤立を避けて人と人とのつながりを大事にして、人生の先輩としての知恵をもって社会貢献や地域での役割を果たし、後輩世代への支えとなることが大切です。
国の認知症施策には、認知症との「共生」と「予防」という2つの軸があります。今後さらに高齢化が進む日本では、予防の視点は大切です。しかし、予防を重視しすぎると「認知症になった人は予防を怠ったというのか」という批判も出てきます。
すでに日本には認知症の人が、たくさんいます。良く老いるということの中には、認知症になることも含まれるでしょう。認知症であることも含めて、その人の人生でしょう。認知症を否定するのではなく、認知症の人の生活を支援し、BPSDや合併症などに対応する体制を整備し、認知症の人が安心して暮らせることこそ、「共生」が目指すところです。
共生と予防は、どちらも大切な視点で、それぞれに、解決すべき課題がたくさんあります。世の中全体としても、長寿社会に生きる個人の人生としても、関わるすべての人が知恵を絞って認知症に向き合う必要があります。その上で、共生と予防にバランスよく取りくむためには、まず「認知症を理解する」ことが、とても大切です。
まとめ
(1)認知症の経済的負担は大きく、経済的視点からは、予防は大切である
(2)若いときからの適切な生活習慣は、認知症予防にも大切である
(3)気がついたときから、認知症予防に取り組んでも遅くはない
(4)「よく老いる」という視点を忘れずに、老いを前向きに受け入れ、社会で認知症を支える。
(5)共生と予防のバランスを保つために、認知症の理解を深める
※1 Ikeda Syunyaら Journal of Alzheimer’s disease 2021. 81(1), 309-319
※2 安田朝子 木之下徹 CLINICIAN 2009. 56 (11), 1125-1129
※3 Livingston Gら Lancet. 2020. 396(10248), 413-446
※4 Ngandu Tら Lancet. 2015, 385(9984), 2255-2263.
千葉 悠平
精神科医 医学博士
精神保健指定医
日本精神神経学会専門医 指導医
日本認知症学会専門医 指導医
積愛会横浜舞岡病院 医師
YUAD 代表
認知症の早期診断、画像診断、バイオマーカーなど、認知症について総合的に臨床・研究を行っている。
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