自覚しにくい甲状腺の病気。動悸、イライラ、眠気、冷え性の影に「甲状腺ホルモンの異常」が隠れているかも…
- 作成:2022/05/03
体の中でも「甲状腺」は胃や腸などと違い、意識する機会があまりない臓器と言えます。しかし、5月25日は「世界甲状腺デー」に制定されており、この日に向け日本甲状腺学会でも、甲状腺疾患啓発と検査推進運動を展開するなど、注目されている疾患です。そこで甲状腺の働きや病気について、甲状腺の専門医である法村尚子先生に伺いました。
この記事の目安時間は3分です
そもそも甲状腺、甲状腺ホルモンって何?
皆さんは、「甲状腺」がどこにあるか知っていますか? 甲状腺は、首の真ん中の喉仏の下あたりにある、蝶々が羽を広げたような形をした小さな臓器です。とてもやわらかいので、首の上から触っても確認できません。ここから甲状腺ホルモンが分泌されています。
甲状腺ホルモンは新陳代謝を盛んにし、成長や健康維持のために必要なホルモンです。脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモンによって調節されており、ちょうどいい量が分泌されることが重要です。甲状腺ホルモンは、多すぎたり少なすぎたりすると様々な不調をきたします。
甲状腺ホルモンの分泌の増減で起こる病気
ここでは、甲状腺の異常で起こる主な病気についてみていきます。
【甲状腺ホルモンが多すぎて起こる病気】
体内での甲状腺ホルモンが多すぎると、全身の代謝が高まり、様々な症状が出ます。息切れや動悸・手の震え・多汗・食欲旺盛なのにやせる・倦怠感・下痢・イライラなどが主な症状です。
バセドウ病
免疫の異常による疾患です。本来、人間は自分を守るために抗体を作り、外敵から体を守るのですが、バセドウ病では、自分を攻撃する自己抗体(TRAb、TSAb)を作ってしまい、この抗体が甲状腺を刺激することにより甲状腺ホルモンが過剰に分泌される状態です。
機能性甲状腺結節
甲状腺内に自ら甲状腺ホルモンを産生する結節(しこり)ができ、体内の甲状腺ホルモンが過剰になります。結節は一つだけのこともあれば、複数ある場合もあります。
亜急性甲状腺炎
甲状腺に炎症が起き、甲状腺が壊れて甲状腺ホルモンが漏れ出し、体内の甲状腺ホルモンが過剰になるもので、痛みや発熱などの炎症症状を伴います。原因ははっきりわかっていませんが、ウイルスが関係しているとも言われています。
無痛性甲状腺炎
何らかの原因で甲状腺が壊れて甲状腺ホルモンが漏れ出し、体内の甲状腺ホルモンが過剰になります。亜急性甲状腺炎とは違い、痛みや発熱などはありません。
これらのほか、脳の下垂体に「TSH」(甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンの分泌を増やす作用がある物質)を産生する腫瘍ができたり、妊娠によって一時的に甲状腺ホルモンが過剰になる場合などもあります。
【甲状腺ホルモンが少なすぎて起こる病気】
体内での甲状腺ホルモンが不足すると、眠気やだるさ・無気力・冷え性・便秘・むくみ・あまり食べていないのに太る・記憶力低下などの症状が出ます。また月経異常・不妊・流産・子どもの成長への影響などとも関連しています。
橋本病(慢性甲状腺炎)
バセドウ病と同じように、自分を攻撃する自己抗体(抗TPO抗体、または抗サイログロブリン抗体)を作ってしまい、この抗体が甲状腺組織を少しずつ壊して甲状腺ホルモンが作られにくくなり、甲状腺ホルモンが不足します。
このほか、昆布やヨウ素を含むうがい薬などのヨウ素の過剰摂取、甲状腺の手術後や放射性ヨードでの治療後、脳下垂体の病気や脳の外傷後、くも膜下出血後などでも甲状腺ホルモン低下が起こることがあります。
【甲状腺の腫瘍】
良性の腫瘍
多くは「腺腫様甲状腺腫」といって治療の必要はないのですが、大きくなり気管を圧迫するほどになったり、首のはれが目立つ場合などは手術を行います。また、濾胞腺腫(ろほうせんしゅ)と言う腫瘍はほとんどが良性なのですが、細胞の検査では濾胞がんと区別がつきにくく、がんの可能性を考え手術をおすすめすることがあります。
ほかには袋状に液体のたまった嚢胞(のうほう)があります。
悪性の腫瘍
甲状腺がんには、乳頭がん、濾胞がん、髄様(ずいよう)がん、低分化がん、未分化がんなどがあり、90%以上は比較的進行がゆっくりで生命予後の良い乳頭がんです。
濾胞がんの頻度は約5%で、肺や骨に転移しやすいという特徴がありますが、転移がなければ比較的予後良好です。髄様がんは約1〜2%とまれで、乳頭がん、濾胞がんよりやや進行が速く、なかには遺伝性のものもあります。
低分化がんの頻度は約1%で、乳頭がん、濾胞がんと比べると進行はやや速く、転移の頻度も高いものです。未分化がんの頻度も約1〜2%とまれですが、悪性度は高く、非常に急速に進行し予後不良です。未分化がんの多くは、乳頭がん、濾胞がんを長期にわたり放置した場合に、突然未分化がんに転化した(性質が変わった)ものと言われています。
気付きにくい甲状腺の病気に注意!
甲状腺の病気というと女性に多いイメージがあるかもしれません。
実際、甲状腺機能亢進症であるバセドウ病は、男性:女性=1:5程度、甲状腺機能低下症である橋本病は男性:女性=1:20程度、と確かに女性に多い病気です。しかし男性の患者さんも多くおり、男性だから安心というわけではありません。
また、甲状腺がんに関しても統計では男性:女性=1:3程度とやはり女性に多い傾向ですが、当院の患者さんをみていると、男性の割合がもっと多いように思います。
甲状腺機能の異常では様々な症状が出ますが、一つ一つの症状ではなかなか甲状腺に結び付きません。甲状腺ホルモンが多すぎる場合は、息切れや動悸・下痢・多汗・やせる・イライラ、甲状腺ホルモンが少なすぎる場合は、眠気やだるさ・冷え性・便秘・太るなど、よくある症状と言えます。甲状腺の病気かも? と思う人はまずいないと言っても過言ではないでしょう。
甲状腺の腫瘍に関してはほぼ症状はなく、ずいぶんと大きくなり見た目でわかるようになるまで気付かない場合が多いものです。
その理由の一つに、乳がん検診や肺がん検診のように甲状腺がん検診は一般的ではないということもあるでしょう。自治体から甲状腺の検診を受けなさいという通知もきません。甲状腺の病気を見つけるには、人間ドックなどで自ら甲状腺検査をオプションで付けたり、自分で疑って医療機関を受診したりする必要があるのです。
甲状腺外来に来る人は、ほかの病気でCTを撮った時、動脈硬化の検査のために首のエコーをした時など、偶然甲状腺に腫瘍が見つかったという人が多く見受けられます。
よくある症状でも気になる場合には、内分泌科を受診してみてください。
香川大学医学部医学科卒業。乳腺専門医・指導医、甲状腺専門医、内分泌外科専門医、外科専門医等の資格を持つ。医学博士。患者さんの立場に立ち、一人一人に合った治療を提供できるよう心掛けている。プライベートでは1児の母。
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