急な「腫れ・むくみ」…治療選択肢広がる「HAE治療」の今
- 作成:2022/06/01
急に、皮膚や粘膜に「腫れ」や「むくみ」が発生する希少疾患「遺伝性血管性浮腫(HAE)」。その治療が、大きく変わりつつあります。前回に続き、HAEの診療にあたる堀内孝彦先生(九州大学病院別府病院・院長)に、医療現場で行われている治療の内容について伺いました。
この記事の目安時間は6分です
「症状が出たら抑える」従来型の2つの治療アプローチ
HAEの治療では、どのようなことをするのでしょうか。
堀内先生
前提として、残念ながら現在の時点でHAEを完全に治す方法はありません。
しかし、HAEの発作(腫れや痛み)が起きたとき、発作を鎮める従来型の薬物療法が2つあります。ひとつは「C1インヒビター製剤」を補充する治療。もう一つが、「ブラジキニン受容体阻害薬」による治療です。まずはこの2つの治療法についてご説明します。
① C1インヒビター製剤を補充する治療法(薬剤名:ベリナート)
HAEは、体内でC1インヒビターというタンパク質の量が少なかったり、働きが弱かったりすることなどが原因で引き起こされるものですが、C1インヒビターをお薬として補充する治療法です。この治療で用いるC1インヒビター製剤は、他のヒトの血液からC1インヒビターを取り出しお薬にしたもので、HAEの領域では1990年代から用いられてきた伝統的な治療法となっています。患者さんはHAEの発作が起きたタイミングで医療機関を受診し、静脈注射や点滴で投与して症状を抑えます。
なお、C1インヒビター製剤は基本的に「発作が起こってから」投与するものですが、抜歯や手術などを控えていてHAEの発作が起こる危険性がある場合には、予防のために投与してもらうことができます。
②ブラジキニン受容体阻害薬(薬剤名:フィラジル)
腫れや痛みを起こす直接の原因であるブラジキニンの働きを妨げて腫れや痛みを起こさないようにする治療法です。
医療機関で投与してもらうC1インヒビター製剤とは異なり、患者さん自身が注射して投与するもので、あらかじめ処方してもらったうえで携帯し、発作が起き次第自己注射する形となります。
先生は、これらのお薬をどのように使い分けていらっしゃいますか。
堀内先生
効果・副作用の面では、厳密な使い分けが必要なほどの違いがないため、患者さんのライフスタイルや治療への考え方を特に重視して決めています。
医療機関への受診が難しい方や外出・出張の多い方などは、自己注射ができるブラジキニン受容体阻害薬の方が利便性の面では優れるかと思いますが、自己注射へのためらいが大きい方や、もともとC1インヒビター製剤による治療を受けていた方で、特に苦がなかったという方は無理に変更せず、そのままにしていますね。
「予防薬」も登場 治療はどう変わる?
昨今では、ご説明いただいた「発作が出てから症状を抑える治療薬」に加えて、「発作を事前に防ぐ予防薬」も登場したと伺いました。それぞれの特徴についても教えていただけますか。
堀内先生
そうですね。最近になって「血漿カリクレイン阻害」と分類される予防薬が2剤立て続けに利用できるようになっており、患者さんからの期待も大きい状況にはなっています。
HAEは、生まれつき体内の「C1インヒビター」が少なかったり、働きが弱かったりすることで、血管内で「ブラジキニン」という物質が増えすぎた結果、浮腫が起こるものですが、両剤とも、この「ブラジキニン」の産生に重要な役割を果たすカリクレインという物質の働きを抑えることでHAEの発作を抑制する、というのが基本的な作用となります。
①内服の血漿カリクレイン阻害剤による予防(薬剤名:オラデオ)
「1日1回の経口投与」という点で、服薬のしやすさで優れている薬剤です。
国内で行われた臨床試験で、この薬剤を1日1回150mg投与した群では、24週時におけるHAE発作の頻度がプラセボ群と比較し49%低下したという結果が得られています(APeX-J試験)
②皮下注射の血漿カリクレイン阻害剤による予防(薬剤名:タクザイロ)
通常は、2週間間隔で皮下注射を行いますが、症状が安定している場合には、4週間隔で皮下注射することもできます。
臨床試験において、この薬剤を2週間に1回300mg投与した群では、プラセボ群と比較してHAE発作の1か月あたり平均発生回数が87%低下したという結果が得られています(HELP試験)。
「治療薬」と「予防薬」どう使い分ける?
「予防薬」が登場したことで、治療の進め方も変わっていきそうでしょうか。
堀内先生
そうですね。確かに予防薬の登場は、非常に画期的な出来事と言えるでしょう。
ただ、私としては予防薬が出たからと言ってすべての患者さんの治療ががらりと変わるわけではないと考えています。
HAEの病態についてご説明した際にもふれましたが、HAEの発作が起こる頻度は人それぞれであり、1年間に1回も発作が起こらなかった患者さんもいれば、年間20回以上の発作を起こす患者さんもいるような状態です。
つまり、1年に数回しか発作が起きない方であれば、定期的に受診して予防薬を投与するよりも、これまで通り発作が起こってからそれを抑えたほうが手間が少ない面はありますし、逆に年20回も発作を起こすような方であれば予防薬を利用して、それを未然に防いだほうがQOLは高いかもしれない。特に予防薬はいずれも非常に高額ということもあり、患者さんのライフスタイルに応じて治療法を考えていくこと自体は、これからも変わらないと思います。
もちろん選択肢が増えたこと自体は喜ばしいことですので、患者さんには、ご自身が望む治療のあり方について、ぜひお聞かせいただけたらと思います。
九州大学医学部卒。国立がんセンター研究所研究員、米アラバマ大学医学部フェローなどを経て、2008年九州大学大学院医学研究院准教授、2013年九州大学病院別府病院教授、2016年4月から同病院長を併任。専門は臨床免疫学、リウマチ学。「血管性浮腫」の実態を解明してその成果を社会に役立てることを目的として設立したNPO法人「血管性浮腫情報センター」(略称:CREATE)の代表として活動するとともに、「HAE患者会 くみーむ」にて患者とその家族のサポート活動に精力的に従事。また、日本補体学会が作成する我が国の「HAE診療ガイドライン2010年初版、改訂2014年版」の作成に責任者としてかかわった。「改訂2019年版」では再び責任者として厚生労働省研究班と連携・協力し、我が国のHAE診療ガイドラインを作成。アジアで初めてHAE3型の原因遺伝子を同定した。
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