75.4%医師不足の専門科、衝撃の事実

  • 作成:2021/08/12

週刊モーニングで連載され、ドラマにもなった『コウノドリ』は産科医療の現場を描いた物語です。現場の医師から見てもリアルに作られていると評判ですが、実際の現場はどうなのでしょうか。 『コウノドリ』の一部医療監修を務め、新生児科の医長としてNICU(新生児集中治療室)で診療に携わる今西洋介先生に、「新生児科のリアル」を語っていただきます。

今西 洋介 監修
 
今西 洋介 先生

この記事の目安時間は6分です

75.4%医師不足の専門科、衝撃の事実

こんにちは。医師13年目の新生児科医の今西洋介です。現在、助産師の妻と娘3人と暮らし、西日本有数のこども病院である大阪母子医療センター新生児科の医長として、NICU(新生児集中治療室)で日々赤ちゃん達を診療しています。

2013年からは、週刊モーニングで連載された『コウノドリ』で、一部医療監修もしていました。

この連載では、実際にNICUの最前線で何が起きているか、働く人間は何を思って毎日の診療にあたっているかといった「新生児科のリアル」を、さらに深く伝えていきたいと思っています。

さて、講談社発行の週刊漫画雑誌『モーニング』にて連載していた漫画『コウノドリ』(作:鈴ノ木ユウ)が2020年5月に約7年間の連載を終え、読者の皆様に惜しまれながら有終の美を飾りました。

そこで今回も前回に引き続き、「rememberコウノドリ」を合言葉に日本の周産期医療の現状をお伝えしようと思います。

バーンアウト――コウノドリが描いたリアルな一面

赤ちゃんを診る新生児科医は、忙しい小児科の中でもさらに激務といわれます。確かに私自身、日々の診療で忙しさを感じます。

専門性の高い新生児医療現場では、小さな命を救うやり甲斐はありますが、時間的・心理的負担は大きいです。コウノドリでも女性医師がバーンアウトする瞬間が描かれ、賛否両論の評価を頂きました。

75.4%医師不足の専門科、衝撃の事実

©鈴ノ木ユウ

では、なぜ忙しいのでしょうか?新生児科医は減っているのでしょうか?

前回の記事ではNICUにおけるベッド数が増加している現状をお伝えしました。
今回は、新生児科医の数に注目し、話を進めていきます。

新生児医療の脆弱性――本来必要なマンパワーのわずか5割強で維持

新生児科医の数については、日本小児科学会と日本新生児成育医学会の会員数のグラフ(表1)を見る限り、小児科医の増加を認めるとともに新生児成育医学会の会員数も右肩上がりに見えます。ただ近年は、その割合は減少傾向です。

この新生児成育学会員数は新生児科医を純粋に反映しているわけでなく、新生児を専門外とした小児科医も含まれるので、実際の新生児科医は少ないと考えられます。

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表1:日本小児科学会および日本新生児生育医学会の会員数の推移1)

また、2020年12月、日本小児科学会雑誌に青森県立中央病院成育科の網塚貴介先生が「新生児科医師の勤務状況と働き方改革の観点から考察した医師供給に関する調査」として、日本の新生児科医の現状を報告しました。
全国新生児医療施設259施設に対するアンケート調査に基づいたデータです。

まず、全勤務医と新生児科医とで月時間外勤務時間を比較した表です(表2)。全勤務医は月40時間未満がピークであるのに対し、新生児科医は月80-120時間未満をピークとしており、時間外勤務が多いことが分かります。

75.4%医師不足の専門科、衝撃の事実

表2:月間総時間外勤務時間の全国勤務医分布と新生児科医師の比較2)

地域別に見てみると(表3)、全国的には月間の総時間外勤務時間80~120時間未満が最多であるものの、北海道・東北・中国・四国・九州地方では160〜200時間未満が10%以上存在し関東近畿圏と比較してその割合が高く、依然として地方では厳しい状態となっています。

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表3:当直を含む月間総時間外勤務時間2)

またこのアンケート調査でのデータを基に、2024年から適用される時間外労働時間上限が適用された場合に現在の新生児医療を支えるのに必要となる医師数が算出されました(表4)。

その結果、現在の医師数に加え75.4%の増員が必要であるという、衝撃の結果となりました。筆者らも文中で指摘していますが、全国の新生児医療は、本来必要な医師数のたった5割強のマンパワーで維持されていることになり、その脆弱性が改めて明らかになりました。

人材育成、能力育成、施設集約化、労働環境確立――求められる連立方程式

では、この事態を起こした原因は一体何でしょうか?この問題に長年取り組まれた網塚先生にお話を伺いました。

「新生児科医不足の問題を小児科学会と協力し取り組むことの重要性は自明ですが、小児科学会からすると新生児医療は山ほどある小児領域の一つに過ぎませんからそれほど肩入れできる訳ではない。その歪な構造こそがこの問題の原因と考えていました。」

「しかし新生児医療から離れた立場でこの問題を俯瞰すると、新生児科医側にも問題があったように思えます。一つは、集約化により新生児に接することのない小児科医を産み出してしまったことです。

集約化から専門性がさらに高まったことが、逆に小児科医と新生児科医の分離を生み出し、この傾向は中核病院ほど顕著です。

つまり、小児科医に対して『NICUは別だよね』と言う意識を持たせてしまった、そしてそのため新生児医療の問題を小児科医全体の問題意識として共有しにくくさせてしまったということですね。

もう一つは、重症度が高い現場ほどハードワークに耐えうる医師しか働き続けることができなくなり、育児中の女性医師や高齢医師を排除してしまう事につながっている現状です。これら2つの流れにより、新生児科医の中でも自然と「排除の理論」を育ててきたのではないかと思っています」

「ではどうすれば良いかというと、働き方改革の波はドラステイックな変革を現場に求めてくるはずで、従来の枠組みの延長線上での対策では難しいです。

高度医療とそれを支える新生児科医の人材育成、他分野専門小児科医の新生児対応能力を育成すること、施設の集約化、女性医師・高齢医師でも働き続けキャリアアップできる労働環境の確立、といったさまざまな要因の連立方程式を解いていく事が大切です。

この連立方程式を解くには『少子化の進行』という大きな因子を考慮しなければなりません。医師不足と矛盾するようですが、今後は特に少子化進行の激しい地域では人材育成するための症例不足が問題になります。

症例数の多い都市部との人材育成交流などを通じて、限られた診療経験が次世代の診療レベル向上につながるよう、これは圏域を越えて取り組まなければならない課題だと思います。そして、これらの対策を小児科医全体でコンセンサスを持って取り組む事が何より肝要なのです」

新生児科医師は他専門の小児科医と手を取り合い、新生児医療従事者の働き方の多様性を進める使命があります。

――コウノドリでバーンアウトした女性医師の新井先生もその後、29巻で現場復帰し新生児科医として活躍しています。他分野でもキーワードとなっている「diversity」の波は、我々の業界にも確実に押し寄せているのです。

vol.1はこちら

vol.2はこちら

1) 楠田聡. 新生児医療の人的供給体制の脆弱性. 平成27年度産婦人科医療改革公開フォーラム報告資料 
2) 網塚貴介、与田仁志. 新生児科医師の勤務状況と働き方改革の観点から考察した医師供給に関する調査.日本小児科学会雑誌2020. 124: 1758-63

小児科医/新生児科医
日本小児科学会専門医、日本周産期新生児専門医
一般社団法人チャイルドリテラシー協会所属。日本小児科学会健やか親子21委員。大阪大学公衆衛生学博士課程在籍。講談社モーニング連載『コウノドリ』の漫画・ドラマの取材協力。m3(エムスリー)、Askdoctors、yahoo外部執筆者として公衆衛生学の視点から周産期医療の現状について発信。

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