「帝王切開で産むと愛情不足」をコウノドリ監修医が分析
- 作成:2021/08/14
週刊モーニングで連載され、ドラマにもなった『コウノドリ』は産科医療の現場を描いた物語です。現場の医師から見てもリアルに作られていると評判ですが、実際の現場はどうなのでしょうか。 『コウノドリ』の一部医療監修を務め、新生児科の医長としてNICU(新生児集中治療室)で診療に携わる今西洋介先生に、「新生児科のリアル」を語っていただきます。
この記事の目安時間は3分です
こんにちは。医師15年目の新生児科医の今西洋介です。現在、助産師の妻と娘3人と暮らし、西日本有数のこども病院である大阪母子医療センター新生児科の医長として、NICU(新生児集中治療室)で日々赤ちゃん達を診療しています。
2013年からは、週刊モーニングで連載された『コウノドリ』で、一部医療監修もしていました。
この連載では、実際にNICUの最前線で何が起きているか、働く人間は何を思って毎日の診療にあたっているかといった「新生児科のリアル」を、さらに深く伝えていきたいと思っています。
お腹を痛めたから愛情が湧くって本当?
出産した女性を苦しめる言葉に
「お腹を痛めてこそ愛情が湧くもの」
「お腹を痛めた子は可愛い」
というものがあります。痛みを美徳とする日本らしい考え方です。
せっかくの出産が終わり、育児に大変な時期に、他の人間からこの言葉を言われた日には、腸(はらわた)が煮えくり返ることでしょう。これは、本来ならば世の母親を励ます立場にあるはずの、お産を経験した先輩ママに言われることもあると聞きます。
TBS系ドラマ「コウノドリseason1」第4話でも、長女を可愛いと思えないのは帝王切開で産んだからではないか、と信じている妊婦の話が放送され、共感の嵐を呼びました。
果たして、この俗説は科学的根拠があるのでしょうか?今回はこの母親を苦しめる「呪いの言葉」の真相を見ていきましょう。
1. 帝王切開が愛着障害を起こす仮説とは
2.「因果関係」を示すエビデンス
3. 帝王切開は痛みを伴う立派な出産である
1. 帝王切開が愛着障害を起こす仮説とは
そもそも、なぜこういう決めつけたような話が流行するのでしょうか。
これにはさまざまな仮説が存在します。例えば、帝王切開では母親の血液中のホルモン(カテコラミンやオキシトシン)濃度が低く(※1, 2, 3)、それが愛着形成に悪影響を及ぼしているのではとの仮説があります。
また、2017年の『Early Human Development』という発達学の一流雑誌にも、緊急帝王切開は経膣分娩と比べると愛着形成が難しく、少なくとも3年間その状態が続くとの報告(※4)もありましたが、その機序としては全身麻酔が行われた結果、母子の早期接触や父親の面会が妨げられた影響が指摘されました。
2. 「因果関係」を示すエビデンス
しかし、これらのデータの解釈には注意が必要です。あくまで仮説であることは当然ですが、これらは「相関関係」の可能性があり「因果関係」とは言い難いです。その理由として、何より「第3の因子」の影響を否定しきれていない事にあります。
第3の因子としては、カンガルーケアと言われる出生後の母子早期接触(skin to skin contact: STS)、父親の面会、その後の育児サポートの有無などさまざまな要因が挙げられます。
日本の出生後コホート研究を用いた82,540名の母親を対象とした調査(*5)では、経膣分娩と帝王切開で出生した母親で産後1年時点での愛着形成に差は認めなかったとの貴重な疫学データが報告されました。
帝王切開が予定か緊急かの検討はされていないようですが、これらの結果より、帝王切開で出生した母親は愛着障害を起こしやすいというエビデンスは存在しないことになります。
3. 帝王切開は痛みを伴う立派な出産である
冒頭でも述べましたが、自然分娩の方が愛情深いという呪いは想像以上に世の母親を傷つけています。最初から「母親」である人間はいません。誰でも、初めて出産し子どもを育てるときには「母親1年生」なのです。自信がなくて当然ですし、どんな些細なことにも不安を感じるのは無理がないと思います。
経膣分娩と帝王切開、いずれにせよ痛みを伴う立派な出産であることに違いはありません。そもそも、痛みによって感じる愛情に差があるという論調は論外です。どちらの形のお産にとっても、産後のサポートを家族・医療・自治体の多方面からしっかり行うことが何より肝心です。
パートナーの育児休暇取得も大切なサポートですし、母乳育児支援などの医療サポートも必要でしょう。分娩の形で母親の愛情の程度を決めつける前に、できるサポートを行っていきましょう。
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※1. T Takagi, O Tanizawa, Y Otsuki, N Sugita, M Haruta, K Yamaji. Oxytocin in the cerebrospinal fluid and plasma of pregnant and nonpregnant subjects. Horm Matab Res. 1985;17:308-310.
※2. S Takeda, Y Kuwabara, M Mizuno. Effects of pregnancy and labor on oxytocin levels in human plasma and cerebrospinal fluid. Endocrinol Jpn. 1985;32:875-880.
※3. E Nissen, G Lilja, AM Widstom. Elevation of oxytocin levels early post partum in women. Acta Obstet Gynecol Scand 1995;74:530-533.
※4. MA Forti-Buratti, I Palanca-Maresca, L Fajardo-Simon, I Olza-Fernandez, MF Bravo-Ortiz, MA Marin-Gabriel. Differences in mother-to-infant bonding according to type of C-section: Elective versus unplanned. Early Hum Dev. 2017;115:93-98.
※5. T Yoshida, K Matsumura, A Tsuchida, K Hamazaki, H Inadera, Japan Environment and Children's Study Group. Influence of parity and mode of delivery on mother-infant bonding: The Japan Environment and Children's Study. J Affect Disord. 2020;263:516-520.
小児科医/新生児科医
日本小児科学会専門医、日本周産期新生児専門医
一般社団法人チャイルドリテラシー協会所属。日本小児科学会健やか親子21委員。大阪大学公衆衛生学博士課程在籍。講談社モーニング連載『コウノドリ』の漫画・ドラマの取材協力。m3(エムスリー)、Askdoctors、yahoo外部執筆者として公衆衛生学の視点から周産期医療の現状について発信。
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