HIV(AIDSウイルス)はなぜ怖い?「日本で患者増」の理由
- 作成:2016/12/22
HIVというウイルスによって引き起こされるAIDSは最近まで「死の病」というイメージがあったのは、人間にとって欠かせない「免疫機能」(体に入った病原菌などと戦うシステム)に障害を起こすからです。 AIDSを発症した場合は、複数の薬を投与して、体に入った病原菌と戦う「免疫機能」を維持するための治療が主となります。 最近では、多くの薬が出て、副作用も軽くなりましたが、なくなったわけではありません。 HIV感染の潜伏期間や検査可能次期、症状に男女差があるかなど、専門医師の監修記事で、わかりやすく解説します。
この記事の目安時間は6分です
目次
- HIVとAIDS(エイズ)の違い
- 日本でHIV感染者が増える理由
- 潜伏期間、発症までの期間
- HIVによるAIDSの症状
- HIVによるAIDSの末期症状
- HIVの感染経路
- 相談できる窓口
- 検査はいつから受けられる?
- 市販の検査キットは信頼できるか
- HIV検査を受けられる場所と費用
- HIV感染 治療と完治の可能性
HIVとAIDS(エイズ)の違い
HIVとAIDSは同じものと感違いしている人もいるかもしれませんが、別のものです。「HIV」は「ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus)」のことで、「AIDS(エイズ)」は「後天性免疫不全症候群(acquired immune deficiency syndrome)」のことです。つまり、AIDSという症状を引き起こす原因の病原体が、HIVというウイルスということになります。
HIVは、ヒトの身体を細菌やウイルスなどの病原体から守る免疫系の細胞(「Tリンパ球」「マクロファージ」といったもの)に感染するウイルスです。HIVは大きく「HIV1型」と「HIV2型」に分けられます。
一方、AIDS(エイズ)は日本語では正式に「後天性免疫不全症候群」と言われますが、「後天性/免疫不全/症候群」と分けると意味が理解しやすいかもしれません。「後天性」というのは先天性と対比される言葉で“生まれつきではない”という意味で、遺伝することはありません。「免疫不全」とは免疫力が低下し、さまざまな感染症にかかりやすくなるという意味です。症候群は原因と症状が一対一に対応しているわけではなく、同じような症状が現れる病気の一群という意味です。AIDSが発見された当初は原因がHIV感染によるものだと分かっていなかったため、症状は「AIDS」という名前で呼ばれているわけです。
「キャリア」ってどういう意味?
また、AIDSの話の中には「キャリア」という言葉が度々登場します。HIVに感染した場合、感染後2週から4週の間に発熱など風邪やインフルエンザに似た症状が出る期間があります。しかしこの症状はすぐに治まり、AIDSとして発症するには数年から10年程度かかります。この期間のHIVの感染者は、感染しているにも関わらず症状がないため、「carrier; 運ぶ者、感染者、保因者」という意味で、「キャリア」と呼ばれています。
HIV/AIDSの起源は?
HIV/AIDSが世間に知られるようになったのは、1980年代のことです。1981年、米国ロサンゼルスにおいて、それまでの健康であった男性の同性愛者に「ニューモシスチス肺炎」「カポジ肉腫」という病気が集団発生しました(ニューモシスチス肺炎は免疫力が低下した状態で発症する真菌による肺炎です。カポジ肉腫は「ヒトヘルペスウイルス8(HHV-8)」というウイルスの感染で発生する腫瘍です)。この報告によって、免疫力を低下させるような感染症の存在が明らかとなりました。1983年に患者のリンパ節から新しいウイルスが発見され、「ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus; HIV)」と名付けられました。1985年に抗体検査が確立され、診断が広く行われるようになりました。
さまざまな証拠から、HIVの起源は中央アフリカであると考えられています。血液調査によって、アフリカ人が世界で最初にHIVに感染していたことが報告されています。HIVに感染した中央アフリカの住民が1970年代にヨーロッパや米国に移住し、HIV感染が世界に広がっていったと推定されています。また、アフリカに生息している「アフリカミドリザル」という種類のサルに、HIVにタイプの似た「サル免疫不全ウイルス」が確認されていて、サルのウイルスが人に感染するHIVに分かれていった可能性が高いと考えられています。
HIVはその遺伝子がRNA(リボ核酸)から構成されている「RNAウイルス」という種類に分類されます。そもそも遺伝子とは私たちの身体を作る「設計図」のようなもので、遺伝子は「DNA(デオキシリボ核酸)」という物質から作られています。DNAの違いが、肌の色や身長などの個性の違いの原因です。RNAもDNAと同様、遺伝子を構成する物質です。
HIVがヒトに感染すると、免疫と関連の深い「T細胞(CD4陽性リンパ球)」と呼ばれる細胞に侵入します。次にHIVは「逆転写酵素(ぎゃくてんしゃこうそ)」という仕組みを用いて、自身のRNAからDNAを作り、T細胞の中にあるヒトの遺伝子に取り込まれます。取り込まれた遺伝子によって、HIVの遺伝子を増やしたり、必要なタンパク質などを作ります。このようにしてヒトのT細胞の中でウイルスが増殖して、細胞から飛び出してまた次の細胞へ感染するというサイクル繰り返していきます。
なぜこのように面倒なやり方をして増殖しているかというと、HIVの特徴として、自ら子孫を増やす能力(「自己増殖能」といいます)が無いからです。つまり、ウイルスが子孫を増やすには、ヒトなどの宿主に感染して宿主の能力を借りないと増殖できないのです。
このことからも、HIV感染からAIDS(エイズ)を発症するまで何年もかかるのかが分かります。感染初期にはHIVが感染している細胞はわずかなので、免疫はある程度正常に保たれています。しかし、感染が進行してCD4が減っていくと免疫が十分な機能を保てなくなり、健康であればかからないようなさまざま感染症にかかりやすくなってしまうのです。
HIVが恐れられている理由
HIVが怖い理由は、「免疫系が機能しなくなる」ことに尽きます。一般的には、病原体に感染すると「細胞性免疫(T細胞が直接病原体を攻撃すること)」や「液性免疫(抗体を介して攻撃すること)」と言われるものが活性化しますが、HIV感染症の場合には免疫が十分に働かなくなります。
細胞性免疫は、病原体の侵入を知らせて攻撃を命令する「ヘルパーT細胞(CD4陽性リンパ球)」と命令を受けて攻撃をする「細胞傷害性T細胞(CD8陽性リンパ球)」を介して、実施されます。しかし、HIVは感染に対して反応すべきCD4に感染して、免疫の機能を邪魔します。また、「液性免疫」で有効な抗体(病原体と戦う武器のようなもの)がほとんど見られず、効果的に働くことができません。
このことからAIDSを発症した場合には、治療を行わないと患者はいずれ亡くなってしまいます。亡くなる原因として、以下のようなものがあります。
・免疫系の低下によって生じる日和見感染(ひよりみかんせん)
・AIDSが原因の癌(がん)
・HIV感染そのものによる臓器障害
日和見感染は、通常の健康な人にはほとんどかからない弱い細菌やウイルスによる感染症です。AIDSでは「ニューモシスチス肺炎」が最も多いほか、カンジタ症、結核、サイトメガロウイルス感染症など、多様な感染症が起きます。また、HIV感染に伴う免疫不全状態によって「悪性リンパ腫」や「カポジ肉腫」などといった癌の種類が発生するなど、免疫系の破綻によってさまざまな臓器障害が生じ、最終的に死に至ります。
世界と日本の感染者数
厚生労働省エイズ動向委員会の公表によると、2014年(平成26年)1年間における報告されたHIV感染者数は1,091人であり、2014年末時点でのHIV感染者は16,903人となっています。2014年までの結果では2008年の1,126人が最多であり、2007年以降、新規患者の数は、年間1,000人以上を維持していて、横ばい傾向にあります。構成比で見てみると日本国籍が994人、このうち男性が959人、女性が35人となっており、日本国籍の男性HIV 感染者が大半を占めていることが分かります。
感染経路別では、HIV感染者のうち789人(72.3%)が同性間(ほとんどが男性)性的接触による感染例で占められています。その一方で、異性間の性的接触は179人(16.4%)となっています。また、年齢別ではHIV 感染者は20~30 歳代に集中しています。
世界を見ると、UNAIDS (国連エイズ合同計画)の報告によると、2014年の新規HIV感染者数はおよそ200万人、2014年末時点でHIV感染者数はおよそ3,690万人と推計されています。地域別の感染者数では、サハラ以南アフリカが世界のおよそ7割を占め、成人のHIV感染率の高い国としては、スワジランド、レソト、ボツワナなどアフリカ南部に集中していて、成人の感染率は20%を超えている状況です。一方、日本は感染率としては0.1%未満と低いレベルです。
日本でHIV感染者が増える理由
日本におけるHIV感染では、同性間の性的接触による感染が急増している一方で、異性間の性的接触による感染は緩やかに推移しており、2014年のデータでは同性間が789人(72.3%)、異性間が179人(16.4%)となっています。また、AIDSについても一貫して増加傾向であり、AIDS患者の報告数が増加しているのは、主要先進国の中で日本だけです。
AIDS患者が日本のみで増加傾向である理由にはいくつか考えられますが、一番大きな理由は「検査体制の遅れ」です。HIV検査件数は2003年以降から増え始め、2008年まで増加しましたが、その後減少に転じています。特に、中高年での検査率は低くなっています。理由としてAIDSに対する社会全体の関心が低く、感染予防に注意している人が少ないことが挙げられます。以前はAIDSと聞くと不治の病というイメージが強かったのですが、現在では抗HIV薬の内服によりHIVの増殖を抑制でき、AIDS発症を防ぐことが可能です。しかし、これはAIDS発症前の話であり、一度発症してしまうと感染症や腫瘍などさまざま合併症によって死に至る危険性があります。したがって、コンドームの使用や不特定多数との性行為を行わないなどといった予防手段を講じるだけでなく、検査を受けることが感染拡大を防ぐ上でも重要です。
また、近年HIV感染者やAIDS患者が急増している特徴として、男性どうしの性的接触による感染が挙げられます。ほかの先進国に比べ、学校における性教育が不足していることや、同性愛者に対する差別や偏見を無くす活動にも力を入れていくことが望ましいと考えられます。そして、社会全体としてAIDSに対する関心を持ち、検査や相談のしやすい環境づくりが大切です。
潜伏期間、発症までの期間
HIVに感染した場合の自然経過は、大きく「急性感染期」、「無症候期」、「症候期」の3つの段階に分けることができます。「症候期」と呼ばれる段階になると、CD4陽性リンパ球の数が減少、つまり免疫が正常に機能しなくなり、いよいよHIVに関連した症状が見られるようになります。症候期になると、「AIDSを発症した」と診断されます。
HIVに感染後2週間から4週間すると、体内では急激なHIVの増殖が始まり、発熱、咽頭痛(喉の痛み)、リンパ節腫脹、下痢などの風邪やインフルエンザに似た症状が見られます。この症状は数日で軽快する人もいれば、数週間続く人までさまざまです。しかし、これらの症状からHIVの感染を疑うことは困難です。この時期、血液中だけでなく精液中のHIV量も増加するので、他の人への感染力も高まります。急性感染期が過ぎると、いわゆる潜伏期間である「無症候期」に入ります。
無症候期は感染後3年から10年ほど続き、ほとんど自覚症状はありません。しかし、体内ではHIVの増殖が絶え間なく行われており、1日当たり100億個作られています。それに伴い、免疫系の細胞である「CD4陽性リンパ球」というリンパ球の数が減少し、3年から10年後、ついには免疫系が維持できなくなり、症状の出る「症候期」に突入します。
しかし、近年では無症候期(潜伏期間)が短くなって、3年から4年以内に発症する人が増えていると言われています。米国疾病予防管理センター(CDC)の報告においても、米国では新規HIV感染者のうち36%が1年以内にAIDSを発症しているとされています。明確な原因については不明ですが、HIVがヒトの免疫による攻撃を逃れるように変異していることが考えられます。HIV治療ではAIDS発症前の治療開始がとても重要であり、発症までには特徴的な症状もないことから、今まで以上により早期でもHIV検査による発見が大切であるとも言えます。
まず「AIDS」と診断されるには、HIVの抗体スクリーニング検査等でHIV感染(ウイルスの感染)が診断され、さらにAIDSの指標となる23の病気のうち1つ以上に該当すれば診断されます。指標となる病気には、カンジタ症などの真菌症や、さまざまな細菌感染症、サイトメガロウイルス感染症、単純ヘルペスウイルス感染症といったウイルス感染症、腫瘍、神経障害などが含まれています。
しかし、免疫系を維持するCD4陽性リンパ球が「200/μL未満」程度に減少するころから、AIDS発症前であってもHIVに関連した症状が見られるようになります。具体的には「エイズ関連症候群(AIDS related complex; ARC)」と言われており、全身のリンパ節が腫れる、発熱、食欲不振、慢性的な下痢、急激な体重減少、頭痛、倦怠感、貧血などです。ただし、これらの症状はHIV感染に特徴的なものはなく、他の病気でも起こる可能性があります。したがって、症状が見られたからと言ってARCとは診断できません。また、この期間は、性感染症(梅毒、クラミジア感染症、淋菌感染症、尖圭コンジローマなど)や肝炎、帯状疱疹、結核、口腔カンジタ症などをきっかけとしてHIV感染が発見される場合も少なくありません。そのため、ARCなどの症状が見られたり、不安や心当たりがあれば、HIV検査を早めに受けることをお勧めします。
HIVによるAIDSの症状
HIV感染後も治療を受けず自然に経過した場合、免疫力の低下から健康な人ではかからないような感染症(日和見感染)や腫瘍、神経疾患など、さまざま病気にかかるようになります。具体的にはAIDS発症の指標疾患とされる23疾患には以下のような病気があります。
・真菌症(カンジダ症、クリプトコッカス症、コクシジオイデス症、ヒストプラズマ症、ニューモシスチス肺炎)
・原虫症(トキソプラズマ症、クリプトスポリジウム症、イソスポラ症)
・細菌感染症(化膿性細菌感染症、サルモネラ菌血症、活動性結核、非定型抗酸菌症)
・ウイルス感染症(サイトメガロウイルス感染症、単純ヘルペスウイルス感染症、進行性多巣性白質脳症)
・腫瘍(カポジ肉腫、原発性脳リンパ腫、非ホジキンリンパ腫、浸潤性子宮頸癌)
・その他(反復性肺炎、リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成、HIV脳症、HIV消耗性症候群)
ただし、AIDSの発症に伴って、23の病気が一様に発生するわけではありません。2014年の厚生労働省エイズ動向委員会の報告によると、指標疾患の発生頻度別に見ると、ニューモシスチス肺炎、カンジタ症、サイトメガロウイルス感染症が上位3つを占めており、全体の75%ほどになります。
発症する病気の偏りには「CD4陽性リンパ球(以下、CD4)」の数、つまり免疫の機能が関係しています。CD4はHIVが感染する細胞であり、病気の進行とともに、CD4 は数を減らしていきます。それによって免疫系がうまく機能しなくなり、さまざまな感染症にかかり、発熱などの症状が出るようになります。CD4が「200/μL未満」になるとニューモシスチス肺炎などの日和見感染症を発症しやすくなり、CD4が「50/μL」を切ってくるとサイトメガロウイルス感染症や悪性リンパ腫など、正常に免疫が働いている状態ではほとんど見られない感染症や悪性腫瘍を発症するようになります。それと同時に食欲低下や下痢、衰弱などが、見ても明らかなまでに進行します。
また、AIDSの指標疾患には含まれていませんが、HIV感染症では皮膚症状を伴うことが多く、9割程度のHIV感染者が何らかの皮膚疾患を発症すると言われています。頻度の多いものとしては、脂漏性皮膚炎(しろうせいひふえん)、帯状疱疹、単純ヘルペスなどがあり、特に脂漏性皮膚炎は半数以上に見られると言われています。症状としては顔や背中、胸など皮脂の多い所にかゆみを伴った発疹ができます。ただし、これらの疾患もHIVに感染していなくても発症する可能性がある病気です。
HIVによるAIDSの末期症状
HIV感染によって免疫系の細胞であるCD4陽性リンパ球が減少し、「50/μL」を切ってくると、いよいよ体内の免疫システムが破壊されて、免疫力がほとんどない状態に至ってしまいます。AIDSは免疫不全状態となる疾患であり、HIV自体によって何か決まった症状が出るというわけではありません。したがって、人によってみられる症状にも個人差がありますが、HIVによって免疫システムが破綻して免疫が機能しない状態となると、「非結核性抗酸菌症」「悪性リンパ腫」「HIV脳症」などを発症してきます。
「HIV脳症」はAIDSが進行した状態で発症する疾患の1つであり、症状としては、集中力の低下、物忘れなどを訴え、無気力になったり興味を失ったりすることが挙げられます。また、幻覚や妄想なども出現し、進行すると歩行が不安定になったり、震えなどが見られます。最終的にはほぼ植物状態となり、およそ6カ月程度で日和見感染症により亡くなります。しかし、現在は、HIVに抵抗する治療の進歩によって、重篤な症状を呈する患者は減少しており、日本ではほとんど見ることはありません。逆に最近ではHIV療法によって長期の状態を管理すること可能となったため、その経過の中で、軽症なものも含めると認知症や運動障害、行動障害を呈する患者は存在し、まとめて「HIV関連神経認知障害」と呼んでいます。
症状に男女差はあるか
HIVに感染した初期は発熱や関節痛、頭痛などの症状が出現し、風邪やインフルエンザと似ているため、HIVに感染していることを気付かない方も多いです。また、HIVに感染した方の多くにかゆみを伴った発疹が出現することがあります。これらのHIV感染初期の症状は、HIVに特徴的なものはなく、男女での差も見られません。ただし、HIV感染者は他の性感染症にもかかりやすいため、梅毒や淋菌感染症、クラミジア感染症、尖圭コンジローマなどを発症した場合、男女による症状の差が見られることがあります。男性では排尿時の痛みや尿道からの分泌物が見られますが、女性では一般に男性よりも症状に気付きにくく、下腹部痛や少量のおりものなど通常でも見られるものです。しかし、放置すると男性では尿道炎や前立腺炎、女性では卵管炎や腹膜炎に進行することもあるので、少しでも異常を感じたら早めに医療機関を受診し、治療を行うことが大切です。
また、AIDS発症後の指標疾患(発症を判断するための病気)の男女差については、2005年から2007年のデータになりますが、男性ではニューモシスチス肺炎(54%)、カンジダ症(31%)、サイトメガロウイルス感染症(17%)の順になっています。一方、女性においてもニューモシスチス肺炎(48%)、カンジダ症(37%)、サイトメガロウイルス感染症およびHIV消耗性症候群(17%)となっていました。以上から、性別による指標疾患の発症率にも明らかな差は無さそうだということが分かります。
HIVの感染経路
HIVはHIVを含んだ血液や精液、腟分泌液、母乳といった体液が、口やペニス、腟、尿道、直腸などの粘膜、傷口に接触することで感染します。したがって、HIV感染症の主な感染経路としては、以下の3つが挙げられます。
・性行為(セックス)
・HIVに汚染された血液を介した感染(輸血、針刺しなど)
・母子感染
まず性行為(セックス)については、HIV、つまり原因となるウイルスが、粘膜や傷口から血液内に入って感染するため、性器と性器の接触だけでなく、性器と肛門の接触(アナルセックス)、性器と口の接触(オーラルセックス)でも感染の可能性があります。
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血液を介した感染には、HIVに感染した血液の輸血や針刺しなどの医療事故が挙げられます。日本における献血血液によるHIV感染は、2013年までに4件確認されています。このうち3件は感染初期であり、HIVが体内で増殖していても抗体検査では検知できない「ウィンドウ期」の患者の血液でした。その後、検査技術の向上や一度に検査する検体の数を減らすなどして感度(検査の精度)を向上させていますが、完全にチェックできるものではありません。献血では、仮にHIV陽性であったとしても献血者本人に検査結果を通知する義務はありません。輸血による感染を防ぐ上でも、HIVが感染しているかどうかの検査目的での献血は許されない行為です。また、麻薬や覚せい剤の回し打ちでは、注射器を介した感染の可能性が非常に高くなります。
母子感染では、一般的には妊娠3か月ごろの「妊婦健診」でHIV検査を受けることになります。もし母親がHIVに感染していることが分かった場合でも、適切な治療を行うことで、生まれてくる赤ちゃんに感染しないような対策を行うことが可能です。具体的には抗HIV薬を妊婦に投与し、37週の時点で予定帝王切開とします。出産後も母乳栄養は行わず、赤ちゃんに対しても抗HIV薬を投与することで赤ちゃんのHIV発症を予防します。
一方で、汗や涙、唾液、尿の接触による感染の可能性はありません。したがって、日常生活における入浴、コップの回し飲み、トイレの水の跳ね返り、つり革などから感染することはありませんので、周りにAIDS患者がいる場合にも正しい理解が大切になります。
HIVに感染する確率と男女の差
HIVの主な感染経路として性行為、輸血や針刺しなどの医療事故、母子感染の3つがあります。それぞれの感染経路における感染リスクはどれくらいなのでしょうか。
感染経路別に見てみると、コンドームを使用しなかった場合の性行為(セックス)全体では0.03%から0.2%とされています。性行為のパターン別に比較してみると、アナルセックス(受け入れ側):0.1%から0.3%、アナルセックス(挿入側):0.03%、腟を介したセックス(女性側):0.08%から0.2%、腟を介したセックス(男性側):0.03%から0.09%となっています。
HIVはとても感染力の弱いウイルスであり、空気や水に触れれば感染力を失ってしまいます。性行為における感染率を見ると非常に低く、「あまり感染しないのでは」と思われるかもしれませんが、実際には1回の性行為でも感染する場合もあり、あくまで目安となります。また、他の性感染症、梅毒、クラミジア感染症、淋菌感染症などにかかっているとHIVの感染可能性は増加します。
予防措置をしていないときの母子感染の確率としては、母親が感染している場合、生まれてくる赤ちゃんに25%から30%の確率で感染するとされています。しかし実際には妊婦健診による検査で発見された場合、抗HIV薬の投与や予定帝王切開、母乳を使わない人工栄養などの予防処置によって、HIV感染者の数としては、性行為による感染に比べてかなり少なくなっています。
汚染された血液による感染では輸血で90%以上と非常に高いですが、針刺し事故(予防処置をしない場合)では0.3%となっています。
キスでも感染するの?
HIVは感染者の精液や腟分泌液、血液、母乳に含まれており、汗や唾液、涙を介して感染することはありません。またHIVの感染力は、非常に弱く、性行為以外の日常生活で感染を心配する必要はありません。したがって、キスだけでなく、トイレの便座や水しぶき、手すり、つり革、お風呂やプールから感染することはありません。HIV感染者に唾液中にもウイルスは存在しますが、血液中などと比べて極めて微量です。 逆に血液が付着していれるものであれば、感染の可能性は否定できないので注意が必要です。例えば、血液の付着したカミソリ、歯ブラシなどです。そのため、日用品に関しては自分のものを使用したほうが良いと言えます。
以前、米国において「HIV感染者の男性とキスをした女性がHIVに感染した」と、感染症の信頼度の高い情報を発信することで知られる「米国疾病予防管理センター(CDC)」が報告しました。ただ、このケースでは、唾液からの感染ではなく、歯茎からの出血が原因でした。したがって、唾液を介してキスで感染する可能性を心配する必要はありませんが、口腔内で出血している場合などは感染の可能性もあるため注意が必要であると言えます。
HIV感染者数のAIDS発症の割合
厚生労働省エイズ動向委員会によると、2014年(平成26年)における新規HIV感染者数は1,091人、2014年末時点でのHIV感染者は16,903人であるのに対し、2014年に新たに報告されたAIDS患者数は455人、2014年末の時点でAIDS患者数は7,658人となっています。傾向としてはHIV感染者数の推移と同様に、同性間の性的接触によるものが多く(56.7%)、男性の割合が多くなっています。なお、母子感染や薬物の注射によるものはいずれも1%未満にとどまっています。しかし年齢の分布に関してはAIDS 患者では20 歳以上、特に30 歳代や40 歳代に多い傾向があります。HIV感染が20歳代に多いこととAIDS 患者の年代のズレは、HIV感染からAIDS発症までに数年から10年程度かかるためだと考えられます。
また、HIV感染に気付かず、AIDSが発症して初めて感染に気付くケースも目立ちます。すなわち、その年の新規HIV感染者全体における新規エイズ患者の割合を示していることになりますが、最近のデータでは2012年(平成24年)で30.8%となっています。この値もここ数年横ばいであり、日本ではHIVに感染した患者の30%程度がAIDSを発症するまで気付いていないことになります。
HIVの感染者の死亡する確率は?
AIDS治療は1997年以降に始まった「HAART療法」という治療法の導入によって、十分にHIVの増殖を抑制できるようになったことで、予後も大幅に改善し、長期管理が可能となりました。それまではHIVに感染すると3年から10年でAIDSを発症し、発症後2年程度で死に至るという致死的な病気でした。ある意味、HIV検査で陽性となることは、死刑宣告に等しい時代だったのです。
しかし、1997年に始まった3つの薬を併用する「HAART療法:の確立によって、体内のHIVをコントロールできるようになりました。また、HAART療法はその治療効果だけでなく、他者への感染も抑制できると言われています。したがって、現在ではHIV感染後の予後もかなり改善しており、デンマークのデータでは25歳でHIVに感染した場合の平均余命は、およそ40年とされていますHAART療法導入以前では6年から7年でしたので、その効果は明らかであり、健常者の平均余命が50年程度ですので、ほとんど差のないことが分かります。
逆に近年では長期的な予後が改善された結果、抗HIV薬による副作用や、糖尿病や脂質異常症、高血圧症、心疾患などの長期的な合併症が問題として挙げられるようになってきました。
ただ、診断が遅れてAIDSの指標疾患を発症した場合には、致死的となる場合もあります。特に現時点では、ニューモシスチス肺炎や悪性リンパ腫の死亡率が高く、AIDS指標疾患の中で重要となっています。
HIVに感染していることを知ることにより、人はいろいろな感情を持ちます。その内容はその人の性格や生活背景によって異なりますが、さまざまな不安を抱きます。誰かに感染させてしまったのではないかという不安は、日常生活の中で必要以上に他者を避けることや、罪悪感や孤独感につながります。また、HIVは「死の病」という印象が強く、今後の闘病生活や家族との関わり、仕事などこれからの生活に対する不安を抱かれる方もいます。
一方で、HIV検査を受けていなかったり、検査結果が陰性であったにも関わらず、AIDSに関わるさまざまな不安を抱く人もいます。よく「エイズノイローゼ」や「HIVノイローゼ」と表現されることもありますが、「エイズ不安症候群」とも言われています。自分がHIVに感染したのではないかという不安から、日常生活を送れなくなるほど病的な状態になることもあります。検査結果が陰性でも不安は解消できず、感染への不安から日常生活が困難になるほど、予防的な行動をとってしまう方もいます。このような人は必ずしもHIV感染の可能性が高い人とは限らず、適切に対処をしなければ自殺などの問題にも発展しかねないため、専門家によるカウンセリングや精神科的治療が必要な場合もあります。
相談できる窓口
AIDSやHIVについて無料・匿名で相談を行っている場所はたくさんあり、感染に関する不安や検査をどこで受けられるかなど、さまざまな質問や不安に答えてくれます。また、
「HIV陽性」と分かった場合でも、医療機関で相談できないような悩みのある方に対して、電話や直接相談できるサービスもあります。相談できる施設の一覧は厚生労働省の関連団体が運営する「HIV検査相談マップ」(http://www.hivkensa.com/)等のインターネットサイトで検索可能ですので、心配なことがあれば早めに調べてみてください。また、どこに相談すればいいかよく分からない場合には最寄りの保健所に相談してみることも1つの考え方です。
HIV感染の予防方法
HIV感染は精液、腟分泌液、血液、母乳の4つから感染し、感染経路としてはセックスなどの性的接触、針刺しなど血液を介した感染、母子感染が挙げられます。このうち多くが性的接触による感染です。したがってHIV感染の予防には、安全な性行動を選択するなど、自ら注意することで感染のリスクを減らすことができます。具体的には、不特定多数との性的接触を避けることや、性器と性器を介した性行為以外の類似行為でも感染の危険性があることを認識することが大切です。最近では男性どうしの同性間性的接触による感染例が多く報告されており、その一因として妊娠の可能性が無いためコンドームを使用しないことも上げられます。コンドームは完全に感染を防ぐものではありませんが、コンドームを正しく使用することが非常に大切です。注意点としては、コンドームは性行為の際、その都度最初から終わりまで使用します。また、爪で傷をつけないように注意する、射精後は速やかに捨てるなど、説明書に書いてある基本的なことがHIVを含む性感染症の予防にはとても大切になってきます。
日常生活における留意点としては、特に周りにHIV感染の方がいる場合、カミソリや歯ブラシ、タオルなど、血液が付く可能性のあるものは自分専用のものを使用し、他人と使い回しはしないようにしましょう。HIVは血液を介して感染するため、他にも他人の血液が付着しやすいものは避けたほうがよいです。
逆に、HIVに対する正しい理解として、汗や涙、唾液、尿などの接触ではHIVに感染しないことが分かっています。そのため、日常生活における咳やくしゃみ、入浴、プール、トイレの便座、一緒に食事をする等の行為では感染しませんので、過度に神経質になる必要はありません。
また、言うまでもありませんが、薬物(覚せい剤など)には絶対に手を出してはいけません。注射器の共用により、HIVに汚染された血液が体内に広がり、感染する危険性があります。それと同時に薬物は正常な判断を鈍らせ、正しい予防的行動がとれなくなる恐れもあるからです。薬物自体も、依存症など生活に大きな影響を与えかねず、違法な薬物の場合は、逮捕されます。絶対にやめてください。
検査はいつから受けられる?
HIVに感染すると体内ではHIVが増殖し、免疫系の働きの結果HIVに対する抗体(病原体と戦う病気のようなもの)が産生されるようになります。一般的なHIV検査では、HIVに感染している可能性があるかどうかを調べるスクリーニング検査として、HIVの抗体の有無を検査します(抗体検査)。
ただし、HIV感染の初期では感染していることが血液検査では分からない、つまり陰性となってしまう時期があります。この時期のことを「ウインドウ期(window period)」と言います。ウインドウ期では、血液中のHIV量は増加していますが、抗体はまだ産生されていない状態です。HIVに対する抗体が出現するまでに「IgM型HIV抗体」と呼ばれれるタイプで約30日、「IgG型HIV抗体」と呼ばれるタイプで約50日かかると言われています。したがって、HIV感染から4週間以内に抗体検査を受けた場合には、仮に感染していたとしても検査では陰性となる可能性があります。また、最近では「核酸増幅検査(Nucleic acid Amplification Test; NAT))と呼ばれる検査が登場し、NATでは従来の抗体検査に比べて早い時期にHIVを検出できるため、感染から2週間から3週間で検出でき、ウインドウ期を短くすることができます。
したがって、HIV感染からNATでは2週間から3週間、抗体検査では4週間以上経てば、検査で陽性となる可能性が高いと言えまず。仮に検査の結果が陰性であったとしても、不安な場合には、3か月程度経過してから再検査してみるのが良いでしょう。
血液検査のメカニズム
HIV検査にはいくつか種類がありますが、最初にHIVに感染している可能性があるかどうかの「スクリーニング検査」を行うのが一般的です。スクリーニング検査で陰性であれば、HIV検査陰性となります。一方、陽性であった場合には、さらに「確認検査」を実施します。この結果で陽性となれば、「HIVに感染している」と判断されます。「スクリーニング検査で陽性だったが、確認検査で陰性」となった場合、HIV検査では「陰性」という判定になり、スクリーニング検査の結果はHIVに感染していないにも関わらず陽性となる「偽陽性」という扱いになります。
HIVの検査には以下のような種類があります。実際には、スクリーニング検査や確認検査ではこれらの検査を組み合わせて、より確実にHIV感染を検出できるようにしています。
・血液中にHIVに対する抗体があるかどうかを調べる「抗体検査」
・HIVに含まれる遺伝子を増幅して検出する「核酸増幅検査(NAT検査)」
・HIVのタンパク質を検出する「抗原検査」
・抗体と抗原の両方を検出する「抗原抗体同時検査」
現在スクリーニング検査では、感染早期の検査で陽性とならない「ウインドウ期」を短縮する目的で、抗体だけでなく、HIVそのものである抗原も検出できる「抗原抗体同時検査(第4世代試薬)」が推奨されています。一方、確認検査ではHIV感染の可能性よりも確実性のある検査が選択され、抗体を用いた確認検査では「ウエスタン・ブロット法(WB法)」、HIVに含まれる核酸という物質を増幅させて検出する「PCR法」が用いられています。
市販の検査キットは信頼できるか
保健所や医療機関で行う検査のほか、日本では検査キットを個人で購入することが可能です。検査が匿名かつ無料であったとしても、人目を気にしたり、面倒という理由で、保健所や医療機関などでの検査をためらってしまう方もいると思います。
市販されている検査キットには大きく2つのタイプがあります。1つは専用のキットを用いて自分で採血し、専門機関に郵送して検査してもらうものです。郵送検査キットでは検体を「登録衛生検査所」と呼ばれる専門の施設で検査を行うため、保健所等で行う方法と同じであり、信頼性もあります。
もう1つは検査を受ける人自身が結果の判定までを行うものです。結論から言ってしまうと、判定までを自分で行う自己検査キットはお勧めできません。HIVの検査はその人の健康や命に直接関わるものであり、誤った結果は治療の遅れや感染拡大につながる可能性があります。したがって、検査は十分な信頼性を持ったものを使用しなければなりません。自己検査キットでは品質管理での問題や、結果の解釈など不明な部分も多く、避けるべきだと言えます。したがって市販の検査キットよりも、保健所や自治体が運営する特設検査施設、医療機関などで信頼できる検査を受けることが重要と言えます。
検査結果が出るまでの期間
保健所等の無料匿名検査施設で行われている検査の手順は、検査当日受付を済ませた後、検査前の相談を行い、5mlほど採血をして検査を行います。検査は、「通常検査」と「即日(迅速)検査」に分けられます。ここではスクリーニング検査(抗体検査)が陽性であった場合と陰性であった場合に分けて考えます。まず、スクリーニング検査が陰性であった場合、すなわちHIV感染の可能性が否定的であったときには、検査を受けたその日のうち(検査から30分程度)に結果を通知されます。これが即日検査になります。
一方、スクリーニング検査で陽性となった場合、すなわち陰性と確認できなかったときには、引き続き追加で確認検査(二次検査)を行います。確認検査の結果については1週間から2週間後に、結果が届くこととなります。これが通常検査です。医療機関では、スクリーニング検査を実施して一度その結果を知らせてから、陽性の場合には再度確認検査を実施するのが主なやり方となっています。
HIV検査を受けられる場所と費用
HIV検査は、全国にあるほとんどの「保健所」や各自治体が開設した「特設検査施設」で受けることができます。検査は無料、匿名で受けることができ、自分の居住地以外の保健所でも受けることが可能です。多くの施設では1週間から2週間に1度、平日の昼間に実施している場所が多いですが、特設検査施設では平日の夜間や土曜日や日曜日に実施している場所もあります。保健所によっては事前の予約が必要な場合もありますので、検査を受ける際は、確認するようにしてください。全国の検査施設は「HIV検査・相談マップ」(http://www.hivkensa.com/)で検索できます。
また、有料ではありますが、医療機関でもHIV検査は可能です。自費診療になってしまうため、5,000円から10,000円程度の費用がかかることとなります。ただし、医師がHIV感染を疑い、検査が必要だと判断した場合(すでに症状があるなど)には保険適応となるため、費用は一般の方であれば3割負担になります。また、医療機関の場合、カルテ作成などの理由から完全に匿名でという形にはならない可能性があります。
「偽陽性」と「偽陰性」について
まず検査結果の用語についてですが、「陽性」や「陰性」のほかに「偽陽性」や「偽陰性」という表現があります。偽陽性は「本当はHIVに感染していないのに検査結果が『陽性』である」という意味で、逆に偽陰性は「本当はHIVに感染しているのに検査結果が『陰性』である」という意味になります。ではなぜこのようなことが起こるのでしょうか?
HIV検査は、「とりあえずHIVに感染している可能性のある人は全部ひっかけてしまう」という意図の「スクリーニング検査」、HIV感染の可能性のある人が本当に感染しているのかを確認する「確認検査」の二段構えになっています。逆にスクリーニング検査で陰性であれば、HIV感染はかなり高い確率で否定できるわけです。結果として、スクリーニング検査で「陽性」判定となる人には、本当は陰性である人も含まれているということになります。これが偽陽性ということです。
問題となるのが、どのくらいの割合で「偽陽性」、つまりHIVに感染していないのに陽性となってしまう人がいるのかということです。保健所で行われるスクリーニング検査ではおよそ0.3%(1000人に3人くらい)の割合で偽陽性が発生してしまいます。さらに、保健所で検査を受ける人のうち感染者である割合もおよそ0.3%(1000人に3人くらい)ですので、スクリーニング検査で陽性となった人のうち、本当にHIVに感染している真の陽性は50%ということになります。なお、迅速スクリーニング検査の場合は、偽陽性の頻度は上がり、およそ1%(100人に1人くらい)となっています。
「陰性」でも感染している場合がある?
一方で、検査結果が「陰性」であるのに感染している場合(偽陰性)はどんなときなのでしょうか。HIV感染初期では血液検査で陰性となり、感染が分かりません。この期間のことを「ウインドウ期」といい、HIVでは感染してから4週間程度は抗体が十分に産生されず、この期間に検査を受けた場合、陰性となることがあります。そのため、検査を受けるのが早すぎて検査結果の信頼性に不安がある場合は、3か月以降にもう1度受ける必要があります。
HIV感染 治療と完治の可能性
HIVに感染した場合には、現在のところ抗HIV薬を用いて治療を行っていきますが、HIV治療の目的は身体の中のHIVの増殖を抑え、免疫力を回復、維持することにあります。今のところ、HIVを完全に排除し、完治させることのできる治療法はありません。しかし、抗HIV薬の進歩とともに薬を飲み続ければ、AIDSの発症を抑え、健常者とほとんど変わらない生活を送ることが可能となり、寿命も一般の方とほとんど変わらない程度に近づいてきています。また、AIDSを発症していても、治療によってHIVに感染している状態に戻すことが可能となっています。HIV治療の研究は世界中で行われていて、その進歩は著しいです。新薬の開発や、将来的には完治可能な治療法の開発もできるかもしれませんので、悲観的になって治療を受けないという選択肢をとるようなことはしないのが賢い選択です。
治療概要
HIV治療の大きな目的は、身体の中のウイルス量を抑え、免疫力を維持していくことにあります。抗HIV薬は、体内から完全にHIVを除去させるものではなく、開始したら一生飲み続ける必要があります。以前では1日たくさんの錠剤を飲まなければいけないなど、患者への負担も大きかったですが、最近では1日1回の内服で済むものができてきたり、錠剤の数が減ったりしているほか、副作用も軽減されて負担は減ってきています。
現在のところHIVの治療は抗HIV薬を3剤以上組み合わせて行うのが基本であり、この治療法を「HAART(ハート)」と呼んでいます。HAARTとは、「highly active antiretroviral therapy」の略、「高活性のレトロウイルスによる治療」といった意味にになります。最近では、「antiretroviral therapy」から「ART」とも呼ばれています。
治療開始のタイミングについては、昔は抗HIV薬の強い副作用などへの懸念から「CD4リンパ球数が200/μL未満」という免疫が一定程度弱まってから、治療を開始するということもありましたが、現在では治療薬の副作用が軽減されたり、長期的な合併症予防や感染拡大防止の観点から、すべてのHIV患者に対して治療が推奨されるようになりました。特に「CD4が500/μL未満」となっている方や、すでにAIDSを発症している方、妊娠されている方などには、この治療が強く推奨されています。
また、抗HIV薬の治療では、患者さん自身が積極的に治療に参加し、内服を続けること(「アドヒアランス」と言います)がとても大切になります。抗HIV薬は中途半端な使用だと、ウイルスの耐性化(薬が効かなくなる)が生じ、使える薬の選択肢がどんどん減ってしまいます。10回の内服のうち1回から2回忘れてもHIVは変異しやすく、2人に1人は治療に失敗すると言われています。
抗HIV薬の作用
HAART(ART)で使用されている抗HIV薬は、大きく以下の5つの種類に分けられていて、組み合わせながら治療進めていくこととなります。
・核酸系逆転写酵素阻害剤
・非核酸系逆転写酵素阻害剤
・プロテアーゼ阻害剤
・インテグラーゼ阻害剤
・侵入阻害薬
薬の効果を理解するには、HIVがどのように免疫にとって重要な「CD4陽性リンパ球(CD4)」に感染するのかを見ていくと分かりやすいと思います。まず、HIVがCD4に侵入するには、CD4の表面にある「CCR5」と呼ばれる受容体にHIVが結合します。受容体(レセプター)とは、外から細胞の中に情報を取り込む入口みたいなものです。ここに作用し、HIVが細胞内に侵入するのを防ごうとするのが、「侵入阻害薬」や「CCR5阻害薬」と呼ばれている薬です。
続いてCD4内に侵入したHIVは、ウイルスを増殖させるために自らの遺伝情報であるRNAをDNAに書き換える必要があります。この過程で必要になるのが、「逆転写酵素(ぎゃくてんしゃこうそ)」と呼ばれる酵素です。増殖のための酵素を邪魔しようとするのが、「核酸系逆転写酵素阻害剤」や「非核酸系逆転写酵素阻害剤」という薬です。
さらに逆転写酵素によって書き換えられたHIVのDNAは、CD4のDNAに組み込まれます。HIVは自分で増殖できないため、CD4の設計図を勝手に書き換えてHIVの部品を作らせてしまうのです。HIVのDNAをCD4に組み込むために働くのが「インテグラ―ゼ」といわれる酵素であり、これを邪魔するのが「インテグラーゼ阻害剤」と言われる薬です。
最後にウイルスの組み立てに必要な部品(タンパク質)を、ウイルスが感染したCD4に作らせます。このとき「プロテアーゼ」という酵素を用いて、タンパク質を適当な大きさに切り取ります。プラモデルを作るときに、はさみで部品を切り取るのと同じ要領です。この酵素を阻害するのが「プロテアーゼ阻害剤」になります。 5つの薬にも、さらに何種類も薬があり、組み合わせながら治療を行っていきます。
現在の薬で副作用が以前よりも軽減されたとはいえ、副作用は完全には避けられないのが現状です。一時的な副作用として多いものには、吐き気や嘔吐、下痢、食欲不振、頭痛などで、数週間して発疹が見られる場合もあります。また、長期的な副作用としては、肝機能障害、腎機能障害、心疾患、精神症状、糖尿病、脂質異常症、骨粗しょう症などで多岐にわたっています。特に最近では、長期生存が可能になった結果、糖尿病や脂質異常症、高血圧や心疾患など、慢性的な副作用が問題となっています。
治療費はどれくらい?
HIV感染症の治療費は、それぞれの患者の状態によっても異なるため、一概にいくらかかるか提示することは難しいですが、現在行われている抗HIV薬による多剤併用療法(ART)を行った場合、全額自己負担として毎月およそ15~20万円かかると言われています。健康保険を使用すると、一般の方で3割負担となるため、自己負担分は数万円程度となります。この他に、血液検査等の検査費用や、合併症として感染症にかかればその治療費も必要となります。そのため、健康保険で3割負担になるとは言っても、負担が大きいのが実情です。
したがって、健康保険以外に負担を軽減する目的でさまざま社会保障制度が用意されています。まず、HIV治療を必要とする方は「身体障害者手帳制度」と「障害者自立支援制度」を利用することができます。助成の割合は、所得や障害者等級によって異なりますが、毎月の負担金額は0円から2万円に抑えることができます。また、保険診療の範囲内ですが「高額療養費制度」と呼ばれる、毎月自己負担が一定以上となった場合、上限額を超えた分の支払いが返ってくる制度や、長期療養が必要な病気に対して医療費を助成してくれる「特定疾病療養受給者証」という制度などがあります。これらの制度を活用することで、実際のHIV治療にかかる医療費はかなり軽減されることが分かります。心配な方は、医療機関や行政機関に問い合わせみると良いでしょう。
AIDSを発症したら、治療はできるか
AIDS発症前に治療を開始することが理想ですが、すでにAIDSを発症している場合でも、厚労省の研究班が出した2015年のガイドライン(参照:http://www.haart-support.jp/guideline.htm)では「AIDSを発症している症例は、条件が整い次第、抗HIV治療を開始する」と記述されているように、治療を開始することで状態が改善することが期待されます。「条件が整い次第」というのは、エイズの指標疾患(AIDSの発症の基準となる病気)の種類によっては、抗HIV療法より先に、優先して起きている病気の治療を行う必要があるからです。具体的には結核、ニューモシスチス肺炎、クリプトコッカス髄膜炎、サイトメガロウイルス感染症などがこれに当たります。これらの感染症の病状が安定したところでHIVの治療を開始します。 抗HIV薬を用いた多剤併用療法(HAART、ART)が治療の基本となり、その目標はウイルス量を減らし、免疫の機能を維持することにあります。AIDS発症後であっても、CD4の回復の可能性はありますが、AIDS発症前に治療を開始したときと比べて、回復の速度やその程度で劣るという傾向があります。
AIDSを発症している際の治療の問題点としては、免疫力低下のために複数の病気が起きていたり、日和見感染によって副作用の多い薬を長期間使用せざるを得なかったり、薬の相互作用で使用できる薬剤が制限される点があります。したがって、一度AIDSを発症すると、長期入院が必要となる場合が多く、社会復帰に問題を残すこともあります。最近では「いきなりエイズ」といわれるように、HIV感染に気付かずAIDSを発症して初めて気づく人が増えているため、治療をうまく進める上でも早期のHIV検査が重要であると言えます。
HIVのワクチンや特効薬が難しい理由
1981年に米国で最初のAIDS患者が報告されて30年以上になりますが、世界的にはHIV感染は拡大の一途をたどっており、日本には先進国の中で唯一AIDS患者が増加傾向を示している状況です。抗HIV治療の進歩によってHIV治療は進歩しましたが、未だに根治できないのが現状です。
HIVのワクチンや特効薬開発は盛んに行われており、現在のHIVワクチンの開発では、有効な抗体(体内に入ったウイルスと戦う武器のようなもの)を誘導しようとする研究や、有効な免疫機能を担当する「T細胞」という細胞の反応を誘導しようとする研究などが行われています。免疫の機能を担うターゲットとしたワクチン開発では、動物を使った実験で有効性が認められ、人への応用に向けた臨床試験に進んでいるものもあります。しかし、長い時間と莫大な費用もかかる上、患者が増加している途上国で使用できるためには安価に抑えなければならないなど問題点も多いです。
そもそも、なぜHIVのワクチン開発は難しいのでしょうか。簡単に言ってしまうと、免疫から逃れる仕組みが完全には解明されていないからです。HIVはとても進化が速く、ヒトに感染して増殖を重ねるごとに、遺伝子が変化し、ワクチンを作っても効果が無くなっているということが起きてしまいます。また、通常のワクチンでは弱毒化した生ワクチンを使用するのですが、HIVの場合、変化しやすいため強毒化してしまう恐れがあり、安全性の面からワクチンを作ることが難しいということが言えます。
AIDSを引き起こすHIVというウイルスの感染経路や確率などについてご紹介しました。「もしかしてHIV(AIDS)に感染した」もしれない」と不安を感じている方や、疑問が解決されない場合は、医師に気軽に相談してみませんか?「病院に行くまでもない」と考えるような、ささいなことでも結構ですので、活用してください。
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