漫画コウノドリが描いたNICUの光と影
- 作成:2021/08/08
週刊モーニングで連載され、ドラマにもなった『コウノドリ』は産科医療の現場を描いた物語です。現場の医師から見てもリアルに作られていると評判ですが、実際の現場はどうなのでしょうか。 『コウノドリ』の一部医療監修を務め、新生児科の医長としてNICU(新生児集中治療室)で診療に携わる今西洋介先生に、「新生児科のリアル」を語っていただきます。
この記事の目安時間は6分です
こんにちは。医師13年目の新生児科医の今西洋介です。現在、助産師の妻と娘3人と暮らし、西日本有数のこども病院である大阪母子医療センター新生児科の医長としてNICU(新生児集中治療室)で、日々赤ちゃん達を診療しています。
2013年からは、週刊モーニングで連載された『コウノドリ』で、一部医療監修もしていました。
この連載では、実際にNICUの最前線で何が起きているか、働く人間は何を思って毎日の診療にあたっているかといった「新生児科のリアル」を、さらに深く伝えていきたいと思っています。
さて、2020年5月に講談社発行の週刊漫画雑誌『モーニング』にて連載していた漫画『コウノドリ』(作:鈴ノ木ユウ)が約7年間の連載を終え、読者の皆様に惜しまれながら有終の美を飾りました。
そこで今回は、連載終了企画として、「rememberコウノドリ」を合言葉に日本の周産期医療の現状をお伝えしようと思います。
7巻で描かれたのは日本の実態だった
――NICUの優秀さの背景にある深刻な医療環境
まず、『コウノドリ』をご存じない皆さんへ簡単にご説明します。この漫画は、産科医かつジャズピアニストである鴻鳥サクラを主人公とした、過酷な産科医療の現場を描いた物語です。出産をめぐる社会的なテーマに正面から向き合った内容は世間の大きな関心を集め、2015年、2017年には綾野剛さん主演でテレビドラマ化もされました。
この漫画がすごいのは、物語のリアルさです。わが国の社会的背景と臨床現場への事前取材がしっかりとなされていることで、一つひとつのエピソードが持つ説得力がより強いものとなっているのです。
例えば、コウノドリ単行本7巻に描かれていたのは、日本のNICUの優秀さと深刻な医療環境でした。
物語は、在胎23週・推定体重600gという切迫早産の母体搬送依頼から始まります。
主人公の鴻鳥サクラが所属するペルソナ総合医療センターNICU(新生児集中治療室)には、新生児科部長の今橋をはじめ、新井、白川という3名の新生児科医がいます。
冷静で責任感が強くまじめな性格の女性医師、新井は、NICUが満床ながら、自分たちが受け入れなければ赤ちゃんは確実に助からないからと、その母体搬送を受け入れます。
そのまま経膣分娩で出生し、救命に成功した新井。しかし、気が動転した両親から
「なんで助けたんですか?」
と責められてしまいます。
赤ちゃんの生命力を信じると力説した新井でしたが、その後、赤ちゃんは日齢7に腸管穿孔を起こし脳内出血を起こします。そして容態は悪化。諦めずに手術を続けようとする新井に今橋は「お父さんとお母さんに一度も抱きしめてもらえなかった子供にするんですか?」と言葉を投げかけ、最終的に赤ちゃんは、今橋の提案により、両親に抱っこされたまま息を引き取ります。
そして新井は、家族から投げかけられた言葉がきっかけで、バーンアウトするのです。
そもそも早産ってなに?
――『コウノドリ』で描かれたのは超早産かつ超低出生体重児
さてここで、早産にまつわる基本的知識を解説します。未熟児を分類する方法は大きく分けて2つあります。
一つは妊娠週数。現在の母体保護法では22週以上36週以下を早産と呼び、特にその中でも28週未満を超早産として、より一層未熟度が高い集団として区別しています。(図1:早産・低出生体重児の定義)
もう一つは、出生体重での区別で、2500g未満を低出生体重児、1500g未満を極出生体重児、1000g未満を超低出生体重児と呼びます。
したがって、『コウノドリ』で描かれたのは、超早産かつ超低出生体重児のケースになります。
日本が世界に誇る、低い新生児死亡率
日本の新生児死亡率は世界最低で、それを40年以上維持している事実は有名な話です(#1)。日本には新生児の全国的なデータベース、NRNJ(Neonatal Research Network of Japan)があり、国際的な新生児データベースであるiNeo(International Network for Evaluating Outcomes)に属しています。そのiNeoから出された報告で、極低出生体重児を国際比較したものがあります(#2)。
これを見ると、日本は他の海外諸国に比べて、症例数が多いにも関わらず死亡率が群を抜いて低いことがわかります。
つまり、日本の新生児医療は昔から「体の小さい未熟児に強い」のです。
日本のNICUベッドは足りないのか?
一方、NICUベッド数についてはどうでしょうか。
2008年、日本の周産期医療にとって忘れられない事件が起きました。東京都内の産科クリニックで妊婦が急変、その後7つの周産期センターで拒否され、最終的に受け入れた病院で母体が亡くなるという事件です(#3)。
後の調査で、母体搬送拒否の原因の大半がNICU満床であることがわかりました(#4)。
厚労省科研の藤村班は「NICUの必要病床数の算定に関する研究」を報告(#5)し、出生数1000あたりのNICU必要数を計算した結果、3床必要であると結論づけられました。これは、当時2床だったベッド数の1.5倍が必要であることを意味しました。
その後、わが国では全国的にNICU病床数が増加していくこととなるのです。
コウノドリが連載を開始したのが2012年、23週の母体搬送を受け入れるためにベッド調整したシーンは、まさにそういう社会的背景の変化の過程で描かれたものだったのです。
#1. 藤村正哲. 新生児医療の日本から世界への発信.日未新誌. 2012; 24: 5-9
#2. Shah PS et al. International Network for Evaluating Outcomes (iNeo) of Neonates Neonatal Outcomes of Very Low Birth Weight and Very Preterm Neonates: An International comparison. J Pediatr 2016; 177:144-152
#3. 田村正徳. 我が国のNICUが抱える喫緊の社会的課題. 医学のあゆみ.2017;260:201-207
#4. 厚生労働省.周産期医療ネットワークおよびNICUの後方支援に関する21年度実態調査の結果について.2010
#5. 藤村正哲. 厚生労働省科研 NICUの必要病床数の算定に関する研究. 2008
小児科医/新生児科医
日本小児科学会専門医、日本周産期新生児専門医
一般社団法人チャイルドリテラシー協会所属。日本小児科学会健やか親子21委員。大阪大学公衆衛生学博士課程在籍。講談社モーニング連載『コウノドリ』の漫画・ドラマの取材協力。m3(エムスリー)、Askdoctors、yahoo外部執筆者として公衆衛生学の視点から周産期医療の現状について発信。
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