“5年生存率”より大切なこと…がん経験した医師が気づいた「数字の意味」
- 作成:2021/09/09
がんは「5年生存率」や「転移の可能性」「治癒の可能性」など、数字で語られる要素がたくさんあります。治療方針を選択する上で、数字は重要な目安になりますが、時として振り回されてしまうことも……。子宮頸がんのサバイバーでもある医師の田所園子氏は、「がんと数字」について自らの経験を振り返ります。
この記事の目安時間は3分です
子宮頸がんの2割は予後の悪い「腺がん」。まさか自分が…
子宮頸がんの疑いがあると言われて、私はまずインターネットで病気のことを調べました。そこに書いてあるおりものの異常や出血、痛みなどの症状が何もなかったので「きっと何かの間違いだ」と思いました。少しほっとしたのも事実です。また、「検診で見つかった異常が必ずしもがんであるわけではない」とも書いてあったので、そこに救いを求めてさらに調べまくりました。
その時の私は自分が“がんではない根拠”を探していたのだと思います。
読み進めると子宮頸がんには大きく二つの種類、「扁平上皮がん」と「腺がん」があることがわかりました。腺がんは増えてきているものの稀であると書いてあったので、私は扁平上皮がんのことを調べました。早く見つかることが多く、治療すれば予後が良いとあり、早期なら5年生存率は95%でした。
私の場合は自覚症状が何もなく、検診で異常を指摘されただけ。だからがんではないはず。万が一がんだとしてもきっと早期で治療も簡単……そう信じていました。
ところが、検査の結果は腺がんでした。
当時子宮頸がんの8割が扁平上皮がんでしたが、私は2割弱の珍しい腺がんを患っていたのです。腺がんについてさらに調べると、検診で見つかることは珍しく、発見された時には進行していることが多い、悪性度が高い、進行が速い、完治しにくい……希望を失うような情報ばかりでした。
数字に一喜一憂して、気持ちが落ちこむ毎日
ただ、幸い私の場合はCT、MRI、PET-CTといった画像検査で異常がありませんでした。主治医からは「おそらく初期だろう」と言われました。正確な診断のためにまず「円錐切除」(子宮頚部を円錐状に切除する手術)を受けることになりました。厳密な病理診断と、早期であれば治療という2つの意味合いがある手術です。
その結果、「ⅠB期」と確定診断されました。
ⅠB期とは、がんが子宮頸部以外に転移はしていませんが、肉眼で確認できるほどの病変がある状態です。私の場合、粘膜にできたがんが筋肉に5㎜以上浸潤(しんじゅん)していました。周辺の組織にも広がっていて転移している可能性もあったため、大きな手術をしなければなりませんでした。
円錐切除の手術前に、主治医からは「うまくいけば円錐切除だけで治療が完了する。円錐切除でがんが残る人は20%程度」と言われていました。80%が円錐切除で治療できるなら私もそうなるはずと期待していましたが、私はそうではない20%に入り、大変落ちこみました。
当時の私は、医師からの説明やネットで調べた情報に一喜一憂しながら、小さな希望を探していました。
「転移の確率は15%」の卵巣を残す?摘出する?
私が受けた手術は「広汎子宮全摘出術」といって、子宮だけでなく卵巣、腟の一部、子宮周辺の組織やリンパ節も広範囲に摘出する手術でした。場合によっては卵巣を残すことができる手術で、ここでも私は悩みました。
卵巣を摘出するとホルモンのバランスが崩れ、「卵巣欠落症状」といって発汗やほてり、のぼせなど更年期障害に似た症状が表われます。
主治医からは「子宮頸部の腺がんは15%の確率で卵巣に転移し、その場合さらに予後が悪くなる」と聞きました。一瞬、15%という数字に「少ない」と感じ、それなら摘出したくないと思いました。
しかし、冷静になって考えを改めました。転移の可能性15%は、当たり前ですが0%ではありません。それまでも数字を使って説明され、一度は楽観的に事態を捉えるものの、ことごとく少数派に入ってしまった私は、「自分の中でがんがすでに広がっているのでは」と想像し、とても怖くなりました。
仮に、がんが転移した卵巣やリンパ節を残した場合、再発の可能性はかなり上がり、5年生存率は20%と低くなります。少しでも長く生きられる可能性があるなら、怪しいものは全て体から摘出してほしいと思うようになりました。
腺がんに関するデータが少ないというのも気になり、SNSを通じて同じ病気の方に情報提供をお願いしました。短期間に延べ400名の方と治療や後遺症についてお話することができ、手術前の診断と術後の診断が大きく変わることがあることも知りました。
医師の提案より小さな手術を選択して後悔している人が何人もいましたし、一方で大きな術を受けてひどい後遺症に悩み、手術そのものを後悔している人もいました。
大勢の患者さんの実体験から感じたことは、選択するのも自分、その結果に向き合うのも自分だということでした。「これをやればうまくいって、あなたは死なない。苦しまない」という保証はどこにもないのです。誰も代わってくれない。自分で考えて選択するしかないことに気がついた時、がん患者の孤独を知りました。
「がん患者12年生」になって思うこと
5年生存率はがんの種類や病期によって異なりますが、当時の私の場合は85%でした。つまり、100人の患者さんのうち、15人は5年後にこの世にいないという意味です。私にとってはとても怖い数字でした。
結果的に摘出した卵巣に転移はなく、50個以上摘出したリンパ節にも転移はありませんでした。手術を受けて1か月、半年、1年といった節目では「生きていること」そのものを喜び、さらに5年目、10年目は特に嬉しく、なんだか大きなことをクリアしたような感覚を覚えました。
今年で、がん患者12年生になりました。
検査結果や説明に一喜一憂し、手探りで一歩一歩進むしかありませんでしたが、自分の選択を後悔したことはありません。大きな手術による後遺症は毎日の苦痛になっていますが、「生きているからよし!」と思うようにしています。5年生存率が高かろうが、生きていなければ意味がないし、再発率が高かろうが、生きていればいい、そう思います。
田所園子(たどころ・そのこ)
医療法人生寿会 かわな病院/内科、緩和ケア、麻酔科
1995年高知医科大学医学部卒業。 同大学医学部麻酔科蘇生科入局。41歳の時に子宮頸がんが見つかり、手術を受ける。しばらくはがんであることを受け止めきれず、周囲に言えない日々を過ごした。現在は、がんの経験を生かして緩和ケアに携わり、患者によりそう医療を提供している。
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