現代人こそ要注意「トイレで死んだ軍神」上杉謙信の死因
- 作成:2021/09/14
健康問題が人生を大きく左右するのは、今も昔も同じ。この特集では、歴史好きの女性医師馬渕まり先生が、歴史的な有名人物を悩ませた健康問題を解説し、そこから学ぶべき教訓や、歴史上の「if」を考えていきます。今回考察するのは、百戦錬磨の「軍神」とも言われる上杉謙信。城内の厠(トイレ)で亡くなったと言われる謙信の死因は、現代でもよく見られる、ある病気だと言われています。
この記事の目安時間は3分です
こんにちは、内科医の馬渕と申します。歴史が好きな女医なので「歴女医」なんて名乗っております。普段の診察でも患者さんから「旅行に行った」なんて話題が出るとたちまち脱線して史跡の話をし始め、看護師さんに咳払いされてしまいます。この度のコラムでは本業である医学の話と、趣味を合体させた「戦国武将の健康問題」をテーマに遠慮なく歴史の話をさせていただきます。
敵に塩を送った上杉謙信は高血圧だった?
歴史ファンでなくても上杉謙信を知らない人はいないでしょう。越後の戦国大名で、隣国のライバル武田信玄とは何度も川中島で戦い、手取川の戦いでは織田信長にも勝利。戦の神である毘沙門天を信仰する、負け知らずの軍神。そんな謙信を倒したのは矢でも鉄砲でもなく、病気でした。
謙信といえば、今川氏が戦略として内陸にある武田領への塩の流通を禁じた際に、塩を禁輸しなかった「敵に塩を送る」という逸話があります。実はこの塩が曲者。高血圧になりやすい体質の人が塩を慢性的に多く摂取すると血圧が上昇し「高血圧」なってしまうのです。高血圧になると血管壁に負担がかかり、血管の弾力性が失われた状態(動脈硬化)になり、血管が破れやすくなります。
さてここで謙信の食生活をみてみましょう。謙信は大の「酒好き」だった模様。馬に乗ったままでお酒が飲める脚付きの器「馬上杯」が遺品として残るほどですから相当なものです。肴は質素に「干物に梅干し、味噌や塩」を好んだとのことで、塩分のオンパレードですね。この後に触れる死因を考えると、謙信は高血圧だったのかもしれません。そう、謙信の最期は「脳卒中」だったと考えられています。
天正5年(1577年)、柴田勝家率いる織田軍を手取川で撃破した謙信は、春日山城へと退き次なる遠征の準備を始めます。しかし、翌年の4月、城内の厠(トイレ)で倒れた謙信はそのまま昏睡状態となり、わずかに唇を動かすもその4日後にこの世を去りました。享年49。
冬場のトイレはとても危険
ここで注目してほしいのが季節と場所です。
4月とはいえ越後はまだ寒いでしょう。冬場のトイレは脳出血や脳梗塞、心筋梗塞が起きやすい危険スポットなのです。冬場の暖房をつけて暖かくなった部屋と、暖房の効いていないトイレや脱衣所の温度差は血圧に変動を起こし、健康被害へとつながるヒートショックを引き起こします。加えてトイレでいきむと血圧の急激な上昇をきたす可能性があります。謙信もこの2つのリスク要因によって高血圧で硬くなっていた血管が破綻し脳出血を起こしたのかもしれません。
日ごろの診察で高血圧の方には、冬場「トイレや脱衣所を温めておくこと」や、「トイレに行く際、上着やガウンを羽織る」ことをお勧めしています。また、いきみがひどくならないように便秘にも注意をしております。
実は謙信、40歳で軽い脳梗塞を疑わせる症状があり、左足に後遺症が残っていたそうです。現代であれば、少なくともその時点で高血圧の治療を開始し、減塩指導も行い脳出血の再発予防に努めますので、49歳よりは長生きできたのでは?と思います。謙信だけに健診で高血圧を指摘され、そこから気を付けて健康長寿だったりして。
さて、話を歴史に戻しましょう。謙信には実子がおらず数人の養子がいました。後継者
を指名しない突然の死であったため、養子の中で実力のあった景勝(謙信の甥)と景虎(北条家からの養子)の間で壮絶な跡目争いが勃発、上杉家はかなりのダメージを受けてしまいます。謙信が死期を考えられる年齢まで長生きをし、きちんと後継者を指名できていたら信長や秀吉の天下がなかったかもしれませんね。
最後に、謙信が死の一月前に詠んだ歌をご紹介したいと思います。
四十九年 一睡夢 一期栄華 一杯酒
(49年のわが人生も一睡の夢のようなもので、
この世の栄華も一杯の酒のようなものだ)
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