良く知られる肖像は別人?進軍中の武田信玄を死に至らしめた「病」とは
- 作成:2021/10/15
武田信玄といえば、室町幕府15代将軍義昭の要請で打倒織田信長の兵をあげ連戦連勝、戦上手な徳川家康を三方ヶ原の戦いで打ち破るも病を得て退却。甲府へ戻る途中で死去したことや、その死を3年隠すように子である勝頼や重臣に遺言したことで知られています。破竹の勢いで上洛途中であった信玄の足を止めた病とは―――。その前に、武田信玄についておさらいしてみましょう。
この記事の目安時間は3分です
進軍途中で病状悪化し…武田信玄の最期
甲斐(山梨県)の戦国大名、武田信玄は元々同地に本拠を構える守護大名の出身です。
甲斐源治当主の家に生まれた信玄は、21歳で横暴な父、信虎を駿河に追放した後、甲斐を固めて信濃に進出。宿敵、上杉謙信とは川中島で5度もしのぎを削り最終的には信玄が信濃を領土化、さらには西上野(群馬県)や遠江(静岡県)、三河(愛知県)、美濃(岐阜県)の一部まで勢力を広げたのですから、当代随一の武将といっても差し支えないでしょう。
そしてその勢いが極みに達した元亀3年(1572年)冬、信玄は西に向かって進軍を開始します。三方ヶ原の戦いで織田・徳川連合軍に大勝し、翌年2月には三河の野田城も陥落させました。このままの勢いで尾張に侵攻と思いきや武田軍はここで進軍をやめ引き返してしまいます。理由は信玄の「病」でした。元亀4年(1573年)鳳来寺での療養で軽快した信玄でしたが、4月11日、急に病状が悪化し翌日夜、口内に膿腫ができ、歯が5-6本抜け落ちて衰弱し帰らぬ人となりました。享年53。
信玄の死因として語られる「2つの可能性」
この「病」についてですが、現在大きく2説あります。1つは胃がん・食道がんなどの「消化器系のがん」、もう1つは「肺結核」です。
まず、がん説の根拠は武田氏の戦略や戦術を記した軍学書『甲陽軍鑑』になります。
臨終に際して信玄が「侍医の板坂法印が6年前の駿河への出陣前から膈を患っていると言っていた」と仰せになったとの記載あり。膈というのは食べ物がはばまれて通らなくなる病気、すなわち通過障害を起こす胃がんや食道がんなどに相当します。通過障害が出て6年というのは少々経過が長い気はしますが…。
一方、肺結核説の根拠はと言いますと、これまた信玄の侍医であった御宿友綱が小山田信茂に送った書状に「肝肺を苦しめられるにより、病患勿ち萌(きざ)して腹心安ぜらること切なり(由苦肺肝病患勿萌腹心不安切也)」とあり、「肝肺を苦しめられる」の表現から結核だった説をとる歴史家もいます。江戸時代の山鹿素行も『武家事記』で死因を結核としています。
良く知られる「あの信玄」、実は別人?
さて、ここで武田信玄の姿を思い浮かべてみてください。
「頬もボディもふっくらしていて、坊主頭にヒゲの脂ぎっしゅな親父」を想像しませんでしたか?胃がんにしても結核にしても恰幅の良い信玄像とはイメージがかけ離れていますよね。
実は、皆さまが思い浮かべた肖像画、現在では「能登、畠山氏の誰か」とされています。ちなみにこの絵は高野山成慶院の所蔵です。代わって信玄像としてよく用いられるようになったのが高野山持明院に伝わる肖像画。息子の勝頼が奉納した記録が残っております。
剃髪をしていないので若いころの姿、出家前なので信玄ではなく晴信像というのが正しいのかもしれませんが、着物の柄も武田家の家紋である花菱。その姿は細身に描かれておりBMIでいうと19-20 kg/m2でしょうか。
もう1枚、世田谷区の浄真寺にある肖像画。こちらは今まで吉良頼康の像と考えられてきましたが、紋が花菱であり信玄像とする説もあります。やはりスリムです。これなら消化器系のがん説、結核説ともに納得がいきますね。どちらの病気にしても当時は治療法のない不治の病でした。
現在、胃がんは早期であれば根治可能であり、結核も1944年に発見されたストレプトマイシン他、様々な抗結核薬が開発され、現在では複数の薬を使う治療法が確立されています。
結核は過去の病気と思われがちですが、欧米に比べるとまだ罹患率が高く、年間1万人以上が新規に発症しています。どちらの病気も早期発見には検診が重要です。信玄の話だけどけんしん(謙信)…なんちゃって。
もし信玄が生きていたら…
ここからは歴史の話に戻ります。信玄には勝頼という後継者がいました。しかし、勝頼は側室の子で四男でした。長男の義信は謀反の疑いで廃嫡された後に死亡。本来、家を継ぐ血筋ではなかった勝頼に反目する家臣もいる状態。
勝頼は決して無能な武将ではなかったのですが、信玄の死から3年後、長篠での大敗を機に武田家は滅亡への道をあゆみ始めます。もし信玄が生きていれば、三河攻めで家康は討ち取られ徳川幕府はなかったかもしれません。
信玄の死因として、三河の野田城攻めの際、城内から響く笛の声に誘われ梅林を歩いている時に狙撃され、その傷が元で亡くなったという説もあります。創作の可能性が高い話だと言われていますが、ロマンチックで悪くないなと思っております。
馬渕まり
糖尿病専門医、総合内科専門医
広島県生まれ、秋田大学卒。
現在は愛知県の病院勤務。
趣味は旅行と食べ歩き。
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